カシューナッツはお好きでしょうか?
25.カエデ
「どうしよう……」
私は喫茶『パンヌス』を後にしてからずっと悩んでいた。そう、これは紛れもないチャンスだ。今まで数多くのオーディションに落ちてきた私にとって、またとないチャンスなんだ。……なんだけど、『暗黒豆腐少女』はさすがにないだろうよ! 売れるわけないじゃん!
「はぁ……」
そう、これはまさにどろ舟に乗るようなもの。向こう岸に到着できる可能性は、ほぼ皆無。一度、ご当地アイドルとしてデビューしてしまったら、その印象はその後もついて回る。もし、失敗したら、今後私が望むような正統派アイドルには、二度となれないかもしれない……
「カシューナッツはお好きですか〜♪」
ふと、アイドル『カシューナッツ』の曲が聞こえてきた。駅前のパネル画面に映る、かわいらしい制服を着た3人の少女。広い舞台の上で可憐に踊るその姿を見て、心のそこからうらやましいと思った。
私も、あの子達と同じ舞台に立ちたい。向こう岸に、行きたい。たとえ、私の乗る舟がどろ舟だとしても、今すぐ舟に乗って漕ぎ出したい。
「ふぅー……よし!!」
私は静かに深呼吸をし、決意した。
「今に見ていろよ『カシューナッツ』め! この『暗黒豆腐少女』が、今に追い抜いてやるからな!」
私は電車の轟音にまぎれて、大きな声で画面越しの『カシューナッツ』に宣戦布告をした。
作品名:カシューナッツはお好きでしょうか? 作家名:タコキ