カシューナッツはお好きでしょうか?
113.カエデ
最近、心に穴が空いたみたい。何だかやるきが起きないし、気持ちも入らない。夢に見たアイドル生活が今ここにあるというのに……。今の私を過去の私が見たら、
「なんて贅沢な女なの! 夢の中にいるというのに、何故全身全霊でアイドル道を邁進しないの!! このアホンダラ!!」
と罵倒してくることだろう。
「ハァー……」
思わずため息がこぼれる。私はこのため息の原因を知っている。知っているのだけれど、直視したくなかった。
「カエデさん、こんにちは」
いつものように、しれっとした態度でハルカが私の楽屋にやって来た。同じ事務所になってから、ハルカは大分なれなれしくなった。
「なんだ、ハルカか……ハァー……何か用?」
「カエデさん、ため息はだめですよ。ため息をすると妖精が死んでしまいます」
妖精って、あんたどんだけメルヘンチックなのよ。私はそっぽを向きながら、軽く鼻で笑った。
「そうね、ため息はやめる。それで、何用?」
私はハルカの顔を見た。その瞬間、背中が震えた。軽快な口調からは想像できない程の、ハルカの怖い顔に。
「ハルカ…………どうしたの?」
私は姿勢を正し、真剣に尋ねた。ハルカは少しためらい、数秒の間(ま)を開けてから静かに口を開いた。
「私、アイドルやめます」
作品名:カシューナッツはお好きでしょうか? 作家名:タコキ