夢の運び人12
私がそう言った時には、すでに彼は角を曲がっていた。まだ階段すら上がっていないのに屋上なんて行けるはずない。
「あの馬鹿」
小声を洩らして後を追う。
角を急いで曲がった。そして、その先の光景を見て唖然とする。
「な、何よ……これ」
曲がった先はビルの屋上。本当に角を曲がっただけで屋上に出てしまったみたいだ。そんな不可思議な驚きよりも目の前の事実は私が咄嗟に銃を構えるのには十分な光景だ。
アンデッドが屋上を埋め尽くしていたのだ。
空はやや暗い。その下で、数え切れない程のアンデッドが私を見ている。
銃の引き金に指を掛けた。一歩でも動いたら思いっきり引き金を引いて、弾切れまで撃ちつくしてやる。
「はい、カットー!」
その時、どこからともなくそんな声が聞こえた。
私は驚いて引き金から指を離す。
無数のアンデッドたちが中心を開き、人が通れるくらいの幅を作った。そこから一人の男が現れる。アンデッドではない普通の男だ。彼は手にメガホンを持ち、私に近づいた。
「いやー、流石の名演技だったよ。ナナサキさん」
男はそう言って豪快に笑う。
「それにしても、グリーンティーの台詞は最高でしたね。監督」
言いながら現れたのはジャスパーだ。
「ジャスパー! あなた、私の指示も聞かずに――」
「ちょ、ちょっとナナサキさん。もう撮影は終わりましたよ?」
私の言葉を彼が遮る。
頭の中が混乱し始めた。
「ここまで役作りするとは恐れ入ったな」
さらに隊長と隊員たちが現れる。あの死んだ隊員もだ。よく見ると無数のアンデッドも思い思いに談笑している。
状況を呑み込めない私は呆然と立ち尽くして、違和感しかないその光景をただ眺めていた。
するとジャスパーが私の前に来て言った。
「映画ってそんな物ですよ」
私はようやく気が付いた――
――突然に寝ていた女が目を覚まし、近くにあった机の角に頭をぶつけた。
「痛っ」と短く声を発して頭を手で覆う。
夢の運び人はその様子を見て、くすりと笑った。
赤縁のメガネの位置を正して、女は部屋を見渡す。電源を入れっぱなしにしていたテレビを見て、状況を把握したようだ。
「……映画の観すぎかな」
一人呟いて、テレビの電源を切る。
メガネの下から目を擦って、携帯の時計を見た女は慌てて動き始めた。
素早く身なりを整えて着替えると、部屋を一望して外に出て行った。
運び人も立ち去ろうとすると、レンタルビデオ店の袋を見つけた。袋から飛び出しているレシートには、レンタル期限が記されている。
どうやら二日過ぎているようだ。
運び人はくすくすと笑いながらどこかへ消えていった。