スクランブラー
「こんなとこで争ってもしゃあないやろが。ったく」
髪の毛がすっかり後退している男性が関西弁でグダった。丸々太っていてワイシャツが張り裂けそうだ。
五十路は確実に越しているであろう。
名前は新渡戸。珍しい名前だからはっきり覚えていた。
「―――あんたにはカンケーねぇだろ」
「今は言い争ってる場合とちゃうんちゃうか? なんでワシらがこんなへんぴなトコに閉じ込められてんのか、それをはっきりせんことにゃ、どーしようもないやろ」
「たしかにそうですな」
新渡戸に加藤が賛成して述べた。
「じゃあ、どうするわけ?」
若槻が食いかかった。
「せやな、自己PRってのはどうや」
「はあ?」
若槻が新渡戸の考えに呆れていた。
「自己PR? ナニソレ? こんなのどっかのキモい変質者かなんかの仕業に決まってんじゃん!!」
「そいつはちがうだろ」
今度は私の横で笑っていた西村が答えた。
「なんでそんなこと分かるんだアンタ」
「こりゃその類の人間の奴らの仕業じゃねえ。色々な橋を渡ってきた俺にゃ分かる」
「―――アンタが言うんだから間違いねえんだろうな」
薮が自嘲気味に言った。
それにしても色々な橋って―――コイツとはあまり関わりたくない。
「―――まあ、自己紹介ぐらいはキチンとして置いた方が良いのかもしれない。我々は運命共同体だ。もう少し相手のことを分かったほうがいい。それに何か共通点も見つかるかもしれない。」
「共通点?」
「我々を同じ部屋に閉じ込めたのには何か理由があるかもしれない。もし共通点が分かればここがどこなのかも分かるかもしれないだろ?」
出口がない以上、幣原と若槻は仕方なく頷いた。
「じゃあ、私からいくね」
唐突に誰かがそういい、PRを開始した。
「さっきも言ったけど私は月島つぼみ、高校1年。部活はバレー部で趣味は―――」
開かずのドアの近くにいた、黒いジャンパーを羽織った少女―――
急に安心感に包まれた。
彼女にはなにかそんな魅力があるような気がした。
「おいおい、時間がないわけじゃねぇがそろそろおひらきにしろよ。長すぎたら誰も聞いちゃくれねぇぜ」
藪が長い月島のPRを遮る。
「じゃあ次はオレな。藪慎一郎。フリーターだ」
あはは、やっぱり大学に行ってないのか。
藪は短い自己紹介の後、次はアンタだよという視線を横の人に向ける。
「黒住麟。桜TVのディレクター」
ディレクターって―――美人の上に頭もいいのか。
女子高生には憧れの存在だ。
彼女の隣はまだ一言も喋ってるとこを見ていない男性だ。
30代くらいだろうか。
その黒髪は少しパーマがかかっている。
見た目は別段怖いというわけでもなく、むしろやさしそうだ。
でもこの部屋にいる間はずっと無表情だ。
その人がゆっくり口を開く。
「高橋是清。よろしく」
無表情のまま、さらりと呟いた。
職業は言わなかった。なんでだろう。
横の男性がタイミングを見計らって自己紹介を始めた。
「新渡戸稲造。保険会社の副社長や」
新渡戸が何か喋るたびにでっぷりとでた腹が太鼓のようになっているように見える。
さっきと変わらず、ワイシャツが今にもはちきれそうだ。
高橋が職業を言わなかったのに対しこちらは大きく声を張り上げ、職業を自慢げに言った。
この人が自己PRしようといったのはこの自慢のためだけなのだろう。
そのニヤついた、いかにも人を見下してそうな表情がそう伝えている。
「私は加藤友三郎。会社員だ」
私に話しかけて来た時よりも大きい声で叫ぶように加藤が言った。
平凡なサラリーマンなのか。
まあ、服装から予想はついたけど。
「……幣原高明。東日本印刷の専務」
幣原は職業のところだけは声を張り上げている。
よほどいまのポストに気に入ってるのだろう。
顔が少し誇らしげになっている。
「西村だ」
「……若槻。よろしく」
下の名前も職業も言わず、さらりと西村と若槻が流した。
本当に―――この2人は、その類の人間なんだろう。
そうだとしたら、特に若槻は年が近いけど絶対関わりたくない。
「白州雛乃。高校1年」
ここにも年齢が近い子がいた。こんな状況で不謹慎だが喜ばしいことだ。
ポニーテールがかわいらしい子だ。背も小さい。
しかし、白州ってどっかで聞いたような気が……
「次はアナタよ」
「え?」
白州さんは私の横にいるのだから当然次は私だ。
「えっと……雪藤詩歌です! 高校2年です!!」
なるべく頑張って元気に言ったつもりだが、みんなにはどう聞こえてるだろうか。
「はは、次は俺かな? 多間木隆だ。大学3年」
多間木は今時の若者って感じだ。
茶髪のロングにセンスのいいジャケットを羽織っている。
きっと大学帰りだったんだろう。
多間木が隣で小さくなっている子に合図の視線を送る。
その視線は、惹かれるものがあった。
「えっと―――龍造寺怜朝です。高校1年生です」
見た時から弱弱しく、おとなしそうだったが全くその通りだった。
「僕は若王子匠。高校2年で~す」
茶化したような口調で龍造寺の隣にいた少年が言った。
―――私と同じ年だ。
外見はその名前の通り、まさに王子様のような印象を受けた。
顔つきはまさに美少年だ。
いや、美少年というよりかはむしろ中性的―――美少女に近いような気がする。
まつげも長いし、髪は茶髪でさらさら、服装も中性的で声も結構高いので男か女かは実は今まで私は分かってなかった。
「こんなへんぴな状況だけど、どんどん話しかけてきてくれていいよ! 女の子なら大歓迎!!」
若王子がペラペラと女性のほうばかり見て、高い声で話している。
かなりの女好きなんだろう。
今まで、話していなかったのが不思議なぐらいだ。
部屋にいた男性陣―――特に薮がしかめ面をしている。
「じゃ、最後は君だよ」
若王子が私に向かって言った。
もう言いましたよと言おうとしたが、私に言ったわけではなかった。
後ろに一人いた。
学ランの男。壁にもたれかかっている。
背はかなり高い。190cmはあるんじゃないだろうか。
髪の毛は金髪で耳に目立つピアスをしている。
藪もしていたがこっちは学ランということで印象が大きい。
どこの高校だろう。耳にピアスしている時点であまり良い高校は浮かばない。
男は面倒くさそうに口を開いた。
「……和合章真。中学3年」
かなりドスの聞いた声だ。どっかの不良グループの首領なのかもしれない。
だがそれ以上に驚いたのは彼が中学生だということだ。
身長はここにいる人たちの中で一番高いだろう。
しかしこの中では最年少だ。
顔も無表情だ。何を考えているのか分からない。
とてもじゃないが中学生には見えない。
彼は何者だ?
こうして運命を共にしている総勢15人の自己PRは終わった。
「―――で? どーだった? 今のPRで何か見つかった?」
「ううむ……まぁ今のところは特に……」
「やるだけ無駄だったってことじゃん」
若槻が微笑を顔に浮かべながら煙草を取り出し、加藤にそう言った。
今時の小娘はこんなのばっかなのだろうか?