はるかぜ
00 全て燃やしてゼロとする
「その歌、なんて名前なんですか」
煙草に火をつけていると、龍彦がきいてきた。
シャワーを終えた彼の髪は濡れていて、水滴を滴らせている。
僕は苦笑は零す。
「髪、まだ濡れているよ。ちゃんと拭かないと」
「はい」
彼は素直に言うことを聞いて少し長い髪を拭き始めた。
白髪より煌めいて見える髪は僕から見れば銀色。
前にその髪色どうしたのって聞いたら、白髪ですって答えて、僕は笑った。
別に彼の白髪を笑ったのではない。事実をそのまま直で提示するのが実に彼らしくて面白かったのだ。
僕が横になったベッドの傍で、龍彦は行儀よく座っている。何かを待っている様子に、僕は先程の問いを思い出す。
「ああ、ノルウェーの森だよ。ビートルズ」
「ノルウェイ、ですか。そう」
彼はふんふんと頷いている。頭に入れているようだった。
知りたいことが知れて満足したのか、龍彦はこちらの身体の剥きだしの臍に舌を這わし始めた。
舐める舌先がくすぐったくて声がもれる。
「もう充分舐めたでしょう。今日はおしまい。そろそろ寝よう」
「そうゆうなら服着て下さい。全裸で煙草なんて。誘っているのかと思いました」
「いえいえ、もう誘い終えたから。疲れて動きたくないんだよ。出したものは拭いてくれたし、僕はこのままでいい。寝る」
シャワーを終えて服を着た龍彦は無言の圧力で僕を見つめた。デフォが無表情の彼は頷いた。
「わかりました。妥協してシャツだけ着て下さい」
「全裸に彼シャツってなんかマニアっぽいな」
あまり乗る気がしなかったので動かずのんびりと灰皿に灰を落とす。
「そうゆうの趣味あったの?」
「いえ、着易いのと俺の理性を秤にかけた話なので」
「あれ。もしかして着ないと再度襲われるのかな」
「襲っていいのでしたら、喜んで」
「たぶん途中で寝ると思うからやめといて貰おうかな」
気怠い身体を起こして箪笥に放り込んでいた服を取り出す。
「せつり」
何をいえばいいのか言葉を探すように龍彦は言った。能面みたいな顔をしている。
僕には彼の葛藤の理由がよくわかった。
「何故に貴方の部屋の箪笥からワンピースがでてくるのですか」
「貰いもの。結構便利なんだよ。いいじゃん一枚で上から下まで隠せてパンツはかなくていい」
「はいてください」
パンツの場所を知っている龍彦はひきだしにあった下着を僕に渡した。僕は口先を尖らせる。
「もう。襲いたいのか襲いたくないのかどっちだよ」
「はあ。襲われたいのか襲われたくないのかどっちですか」
たぶん情事後で疲れていたのだろう。互いに微妙にかみ合ってるようでかみ合っていないことをいいながら、電気を消してベッドに入った。
ひっつきたがりの年下は胸の辺りに頭をよせてきた。そこにいられると布団の位置が難しいのだが今日は好きなようにしておいた。
「さきほどの鼻歌」
「うん」
「よく鼻歌を歌っているんです、せつり」
「そうなんだ。言われるまで気がつかなかった」
「好きなんだなと思ってきいてました」
「すき、かあ」
ぽつりと暗い部屋に言葉が落ちた。沈黙の意味をとった龍彦は口を開く。
「違う、のですか」
「なんというか、うん。むずかしいかな」
「はあ」
「また、話してあげるね。ごめん眠い」
「おやすみなさい、摂理さん」
「おやすみ、龍彦」
いい位置にある瞼にキスを落として目を閉じる。
胸元にあった頭がぐりぐりと身体に押し付けられた。
どうやら照れているらしいと、とろとろと落ちていく意識の端で思った。