代打の金田君
「どうも穴が開きそうなんだ。官能小説なんだが書けるかな」
「書けます。書けます。もう大得意です」
金田は電話を握りしめて、何度も首を大きく縦に振った。
編集部なんて汚いものと相場は決まっているが、磯崎の机は特に汚い。そのくせパソコンの壁紙は妻と愛娘の写真だったりする。そんな暇があったら少しは片付けろよ、と思いはするが言わない金田であった。
磯崎の隣のデスクの男は出ていたので、そこに金田が座ることになった。
「じゃあ、見せてもらおうか」
「はいっ」
金田は、いそいそと原稿用紙を磯崎に渡した。
『快感が圭子の躰を駆け巡る。脊髄を、大脳を、間脳を、刺激する。』
「ひょっとして、これは……?」
「はいっ、間脳小説です」
磯崎は人差し指で、ひょいひょいと金田を呼び寄せた。金田が頭を差し出すと原稿用紙で叩かれた。
「これだけじゃないよな。他にもあるんだろ」
「はいっ、これは軽いつかみでして……」
「つかみは要らないんだよ!」
金田は次の原稿用紙を取り出した。
「これは、昼下がりに若妻と義父が……」
「説明はいい。読ませてもらおう」
『源之助は、そのみずみずしい柔肌をまさぐった。
「ああっ、お義父さん。そこは違うわ」
「おおっ、こりゃ、いかんのう」』
金田は黙って頭を差し出した。磯崎は一発ゲンコツを喰らわせた。
「ダジャレは要らないんだ」
「分かってますって、濡れ場でしょ」
『少年は、その熟れた肉体にサンオイルを塗り延ばしていった。そして、艶やかな胸の谷間へと手を進める。
「ここに塗ってもいいの?」
「塗れば」』
磯崎は金田の髪の毛を、むんずと掴むと、頭突きを喰らわせた。
「分かってますって、セックスでしょ」
金田はカバンに手を入れた。
「念のために言っておくが、サックスとか、シックスとか、ソックスとかいうのは、出さないよな」
金田の動きがピタリと止まった。
「は……ははは……。僕がそんなの出すわけないじゃないですか」
ひきつった笑いを浮かべて、金田は手を止めた。そして、のろのろと別の原稿を取り出した。
「これは、少年がゴールデンウィークに出かけた別荘地で、年上の人妻に手ほどきを受けるという話です」
『ひとみは、けだるそうに尋ねた。
「ねぇ、今日が何の日か知ってる?」
「はぁ、端午の節句っす」』
磯崎は机の引き出しからライターとヘアスプレーを取り出し、ライターに火をつけるとヘアスプレーを金田に向けて噴射した。火炎が金田を襲い、髪の毛と眉毛がアフロになった。
「これで全部か?」
「セックスシーンじゃないんですけど、カナダから日本にやって来た少女が、観衆の前で恥辱にまみれるという話があります」
「あるんじゃねぇか。見せてみろ」
『何百人という男女の視線が容赦なくサラを襲った。足が震え、立っているのがやっとだった。やがてイントロが流れ、サラは歌いだした。
「カーン」
「ノウ!」
「いやー、残念でしたね。鐘1つでした」』
「のど自慢大会だったという落ちなんですが……」
「官能小説うんぬん以前に、オチを説明するようになったら終わりだ」
磯崎は、もはや体罰する気力を失っていた。
「あとは、もう、獣姦ものしかないんですが……」
「もう、こうなったら、何でも読んでやろうじゃないの」
『何か月も男だけの集団の中に隔離されるのだ。彼らは、様々なものを持ち込んだ。中でも鳥が良いという話だ。
「それはサブの鶏で、こいつはヤスのチャボで、こっちがカンの鵜だ」』
磯崎は、しばらく震えていたが、突如、暴れだした。
「バカヤロー! てめぇ! 俺はベトナム帰りの石油王だーっ!」
訳の分からないことを叫びながら磯崎は暴れまわった。編集部は壊滅状態となって……、
……原稿を完納できませんでしたとさ。
(おしまい)