20日間のシンデレラ 第4話 何にも焦ることなんかない
メインタイトル 『20日間のシンデレラ』
〇教室(7月23日)
黒板に大きく描かれた文字。〈さようなら 池田花梨さん〉
光が差し込み教室がオレンジ色に染まっている。
うっすらと遠くで聞こえる蝉の声。
ゆっくりと教壇の上に立ち、生徒を見つめているイダセン。
深刻な表情の生徒。
少し重たい空気が教室内に流れている。
イダセン 「えーみんなも知っての通り今日で池田とはお別れだ。来月からは県外の学校に通う事が決定している。なかなか会う機会も少なくなって寂しくなるとは思うが心配いらない。 池田は立派なこの五年四組の生徒だ。 それは他の学校に行っても何年経っても変わる事はない。 だからみんな笑顔で池田を送り出してやろう」
優しそうな笑顔を生徒に向けるイダセン。
しばらく教室内に沈黙が続く。
コホンと一度咳払いをするイダセン。
イダセン 「じゃあ最後に池田からみんなに挨拶をしてもらおう、池田」
花 梨 「はい」
よく通る声が教室に響く。
席を立ち上がり、上靴の音を鳴らしながら壇上に向かう花梨。
短めの髪がふわりと揺れる。
自分の横を通り過ぎる花梨を横目でちらりと見る陸。
魂が抜かれたような表情。
陸の脳裏によぎる声。
陸 「(俺は君の笑顔が見たい……)」
イダセンに会釈をして教壇に上る花梨。
姿勢を正してクラスメイトの顔を眺める。
花 梨 「……」
こちらを見ている陸が視界に入る。
表情が少し曇り、話し始めるタイミングを逃してしまった花梨。
イダセンが目で合図を送り、コクリと頷く花梨。
少し前に一歩出て。
花 梨 「私はこの五年四組が大好きです。ほんっとうに毎日が楽しくて、気がついたらあっという間に一日が終わってるような、そんなクラスでした。飯田先生は俺をいたずらで騙せたら、宿題をなしにしてやるぞーとか言って全然先生っぽくないし」
真剣な表情から笑みがこぼれて、柔らかい印象になっているイダセン。
花 梨 「恵子は学芸会の魔法使い役の杖を練習中に何度も折っちゃうし 、前田は給食のパンを牛乳につけて女子をドン引きさせるし、あと米川の持ってきたファービィは中国語版でまともに会話にならないし、清水はとにかく変態です」
教室にどっと笑いが起きる。
次第に生徒の表情が明るくなっていく。
花 梨 「そして……」
一瞬、陸の方を見る。
瞳を潤ませてまた視線を戻す。
花 梨 「あと一年で卒業なのに急に転校する事になっちゃってすごく残念だけど、私にとってこの五年四組で過ごした思い出は一生の宝物です。 みんな……本当にありがとう」
涙声になりながらぺこりと一礼をする花梨。
拍手が教室に鳴り響く。
泣いている女子も何人かいる。
イダセン 「よし、みんなからも池田にお礼を言おう。 全員起立!」
椅子が一斉に引かれて、床とこすれる音。
陸もゆっくりと起立をする。
魂が抜かれたような表情。
陸の脳裏によぎる声。
陸 「(過去の馬鹿な俺は君を傷つけてしまった……)」
イダセン 「じゃあ一人ずつ並んで、握手とお別れの言葉な。 男子ー握手するからってやましい事、考えるんじゃないぞ」
教室で笑いが起きる。
花梨も笑顔になっている。
長々と花梨の前に列が続き、一人ずつ握手とお別れの言葉を言っていく。
夏 美 「花梨……私のこと忘れないでね。 絶っ対、手紙書くからね」
握手をしながら花梨に声をかける夏美。
花 梨 「うん、絶対忘れないよ……」
今にも泣き出しそうな夏美を引き寄せ、耳打ちする花梨。
小さな声でぼそっと、
花 梨 「清水ともうまくいくといいね」
夏 美 「なっ、何、馬鹿なこと言ってんのよ!」
花 梨 「へへっ」
満面の笑顔の花梨。
突然、後ろから空気を読まずに覗き込んで来る清水。
清 水 「どうしたんだ?」
驚く夏美。
夏 美 「ぎゃぁぁぁぁーー」
とっさに清水の顔をビンタして、勢いよく自分の席へと走り抜けていく。
清 水 「向こうにいっても……頑張れよ……」
夏美にぶたれた頬を押さえながら、鼻水をすすって情けなくしくしくと泣いている清水。
握手をする二人。
花 梨 「どんまい……清水は最後まで清水らしいね。 心配しなくてもきっと大丈夫だよ」
清 水 「ん?」
不思議そうな顔で自分の席に戻っていく清水。
陸の番が近づいてくる。
自分の前にいた米川が花梨と握手をしている様子を見ている。
魂が抜かれたような表情の陸。
陸の脳裏によぎる声。
陸 「(だからもう泣いたり、悲しんでる姿は見たくない……)」
花 梨 「次はちゃんと日本語で会話ができるファービィー持ってきてよ」
米 川 「お前、その話いつまで引っ張るんだ」
お互い楽しそうに笑っている米川と花梨。
花 梨 「あと絶対、自分の夢かなえなきゃ駄目だよ。 米川カンパニーの社長になるんでしょ?」
米 川 「あぁ……当たり前だ。 池田も元気でな……」
花 梨 「うんっ」
自分の席に戻っていく米川。
順番がやって来て、花梨の正面に立つ陸。
魂が抜かれたような表情。
陸の脳裏によぎる声。
陸 「(最高の思い出を……)」
花梨を見る陸。
さっきまで笑っていた花梨の表情がガラリと変わる。
何かに怯えているような強張った表情。
陸と目を合わさずに下を向いている。
沈黙。
意を決して話し始める陸。
陸 「か……花梨……頑張れよ……」
花 梨 「……」
下を向いたまま無表情の花梨。
陸 「お前だったらさ……その……誰とでも仲良くなれるし絶対上手くいくよ……」
無理やりに笑顔を作る陸。
花 梨 「……」
下を向いたまま無表情の花梨。
陸 「お……俺のこと忘れないでくれよな……」
さっと手を差し出し、花梨に握手を求める陸。
花 梨 「……」
下を向いたまま無表情の花梨。
手を差し出さず時間が止まったように固まっている。
握手が返ってこず、とまどっている陸。
下を向いている花梨を真剣な表情で見つめる。
何かにすがるように、救いを求めているかのように。
陸 「(笑ってくれ…………いつものように笑ってくれ…………)」
さらに沈黙。
後ろの男子生徒がしびれを切らしたかのように、
男子生徒 「おいっ! みんな並んでるんだ、さっさとしろ。 もうすんだだろっ!」
どんっと陸を突き飛ばし後ろから割り込んでくる男子生徒。
ふらふらと倒れそうになりながら教室の後ろにやられる陸。
無表情でなおも花梨の様子を見ている。
男子生徒 「なぁ、池田。 これ俺の住所なんだけどよかったら手紙のやりとりしないか?」
一人、花梨に話し続けている男子生徒。
下を向いたまま無表情の花梨。
全く男子生徒の話が聞こえていない様子。
〇教室(7月23日)
黒板に大きく描かれた文字。〈さようなら 池田花梨さん〉
光が差し込み教室がオレンジ色に染まっている。
うっすらと遠くで聞こえる蝉の声。
ゆっくりと教壇の上に立ち、生徒を見つめているイダセン。
深刻な表情の生徒。
少し重たい空気が教室内に流れている。
イダセン 「えーみんなも知っての通り今日で池田とはお別れだ。来月からは県外の学校に通う事が決定している。なかなか会う機会も少なくなって寂しくなるとは思うが心配いらない。 池田は立派なこの五年四組の生徒だ。 それは他の学校に行っても何年経っても変わる事はない。 だからみんな笑顔で池田を送り出してやろう」
優しそうな笑顔を生徒に向けるイダセン。
しばらく教室内に沈黙が続く。
コホンと一度咳払いをするイダセン。
イダセン 「じゃあ最後に池田からみんなに挨拶をしてもらおう、池田」
花 梨 「はい」
よく通る声が教室に響く。
席を立ち上がり、上靴の音を鳴らしながら壇上に向かう花梨。
短めの髪がふわりと揺れる。
自分の横を通り過ぎる花梨を横目でちらりと見る陸。
魂が抜かれたような表情。
陸の脳裏によぎる声。
陸 「(俺は君の笑顔が見たい……)」
イダセンに会釈をして教壇に上る花梨。
姿勢を正してクラスメイトの顔を眺める。
花 梨 「……」
こちらを見ている陸が視界に入る。
表情が少し曇り、話し始めるタイミングを逃してしまった花梨。
イダセンが目で合図を送り、コクリと頷く花梨。
少し前に一歩出て。
花 梨 「私はこの五年四組が大好きです。ほんっとうに毎日が楽しくて、気がついたらあっという間に一日が終わってるような、そんなクラスでした。飯田先生は俺をいたずらで騙せたら、宿題をなしにしてやるぞーとか言って全然先生っぽくないし」
真剣な表情から笑みがこぼれて、柔らかい印象になっているイダセン。
花 梨 「恵子は学芸会の魔法使い役の杖を練習中に何度も折っちゃうし 、前田は給食のパンを牛乳につけて女子をドン引きさせるし、あと米川の持ってきたファービィは中国語版でまともに会話にならないし、清水はとにかく変態です」
教室にどっと笑いが起きる。
次第に生徒の表情が明るくなっていく。
花 梨 「そして……」
一瞬、陸の方を見る。
瞳を潤ませてまた視線を戻す。
花 梨 「あと一年で卒業なのに急に転校する事になっちゃってすごく残念だけど、私にとってこの五年四組で過ごした思い出は一生の宝物です。 みんな……本当にありがとう」
涙声になりながらぺこりと一礼をする花梨。
拍手が教室に鳴り響く。
泣いている女子も何人かいる。
イダセン 「よし、みんなからも池田にお礼を言おう。 全員起立!」
椅子が一斉に引かれて、床とこすれる音。
陸もゆっくりと起立をする。
魂が抜かれたような表情。
陸の脳裏によぎる声。
陸 「(過去の馬鹿な俺は君を傷つけてしまった……)」
イダセン 「じゃあ一人ずつ並んで、握手とお別れの言葉な。 男子ー握手するからってやましい事、考えるんじゃないぞ」
教室で笑いが起きる。
花梨も笑顔になっている。
長々と花梨の前に列が続き、一人ずつ握手とお別れの言葉を言っていく。
夏 美 「花梨……私のこと忘れないでね。 絶っ対、手紙書くからね」
握手をしながら花梨に声をかける夏美。
花 梨 「うん、絶対忘れないよ……」
今にも泣き出しそうな夏美を引き寄せ、耳打ちする花梨。
小さな声でぼそっと、
花 梨 「清水ともうまくいくといいね」
夏 美 「なっ、何、馬鹿なこと言ってんのよ!」
花 梨 「へへっ」
満面の笑顔の花梨。
突然、後ろから空気を読まずに覗き込んで来る清水。
清 水 「どうしたんだ?」
驚く夏美。
夏 美 「ぎゃぁぁぁぁーー」
とっさに清水の顔をビンタして、勢いよく自分の席へと走り抜けていく。
清 水 「向こうにいっても……頑張れよ……」
夏美にぶたれた頬を押さえながら、鼻水をすすって情けなくしくしくと泣いている清水。
握手をする二人。
花 梨 「どんまい……清水は最後まで清水らしいね。 心配しなくてもきっと大丈夫だよ」
清 水 「ん?」
不思議そうな顔で自分の席に戻っていく清水。
陸の番が近づいてくる。
自分の前にいた米川が花梨と握手をしている様子を見ている。
魂が抜かれたような表情の陸。
陸の脳裏によぎる声。
陸 「(だからもう泣いたり、悲しんでる姿は見たくない……)」
花 梨 「次はちゃんと日本語で会話ができるファービィー持ってきてよ」
米 川 「お前、その話いつまで引っ張るんだ」
お互い楽しそうに笑っている米川と花梨。
花 梨 「あと絶対、自分の夢かなえなきゃ駄目だよ。 米川カンパニーの社長になるんでしょ?」
米 川 「あぁ……当たり前だ。 池田も元気でな……」
花 梨 「うんっ」
自分の席に戻っていく米川。
順番がやって来て、花梨の正面に立つ陸。
魂が抜かれたような表情。
陸の脳裏によぎる声。
陸 「(最高の思い出を……)」
花梨を見る陸。
さっきまで笑っていた花梨の表情がガラリと変わる。
何かに怯えているような強張った表情。
陸と目を合わさずに下を向いている。
沈黙。
意を決して話し始める陸。
陸 「か……花梨……頑張れよ……」
花 梨 「……」
下を向いたまま無表情の花梨。
陸 「お前だったらさ……その……誰とでも仲良くなれるし絶対上手くいくよ……」
無理やりに笑顔を作る陸。
花 梨 「……」
下を向いたまま無表情の花梨。
陸 「お……俺のこと忘れないでくれよな……」
さっと手を差し出し、花梨に握手を求める陸。
花 梨 「……」
下を向いたまま無表情の花梨。
手を差し出さず時間が止まったように固まっている。
握手が返ってこず、とまどっている陸。
下を向いている花梨を真剣な表情で見つめる。
何かにすがるように、救いを求めているかのように。
陸 「(笑ってくれ…………いつものように笑ってくれ…………)」
さらに沈黙。
後ろの男子生徒がしびれを切らしたかのように、
男子生徒 「おいっ! みんな並んでるんだ、さっさとしろ。 もうすんだだろっ!」
どんっと陸を突き飛ばし後ろから割り込んでくる男子生徒。
ふらふらと倒れそうになりながら教室の後ろにやられる陸。
無表情でなおも花梨の様子を見ている。
男子生徒 「なぁ、池田。 これ俺の住所なんだけどよかったら手紙のやりとりしないか?」
一人、花梨に話し続けている男子生徒。
下を向いたまま無表情の花梨。
全く男子生徒の話が聞こえていない様子。
作品名:20日間のシンデレラ 第4話 何にも焦ることなんかない 作家名:雛森 奏