「初体験・小枝子編」 第一話
小枝子編 第一話
月曜日に規定の授業を終えると雄介は友だちの誘いを断って大和田に直行した。何とか工面した1万円を財布に入れて焦る気持ちを抑えながら店に着いた。
「こんにちわ！雄介です」
「井上さん・・・待ってたわ。奥に来て」
入り口にレコードが並べられていて、奥に壁に掛けるようにしてギターとウクレレが並べてあった。そして一番隅っこにあるガラスショーケースに一本目的のギターが飾ってあった。
「ママさん聞いていいですか？」
「なに？ママさんは止めて、小枝子って呼んで頂戴」
「はい、小枝子さん・・・どうしてこんな高いギターが置いてあるんですか？後はみんな5千円とか高くても1万円なのに？」
「そうよね、こんなレコード屋でこのギターは無いよね・・・実はね昔のお客さんで買うから取り寄せてって言われて仕入れたのに、何故かそれ以来こなくなってしまったのよ。そのうちに返品するタイミングを失って・・・ずっと置いてあるの」
「そうなんだ・・・無責任なんだねその人って」
「そうね。でもお陰で井上さん・・・雄介さんで構わないよね？と巡り逢えたのだから、このギターも幸せをやっと掴むって気がする」
「構いません。そうですか、そんなふうに考えられるんですね素敵です」
「楽器が好きだからね、音楽もよ。悲しいとき、嬉しい時、淋しい時、辛い時、それぞれに沁みる音楽があるのよ。雄介さんがそれをこのギターで表現できたら高い買い物じゃなくなるから頑張って練習してね」
「頑張ります。まずは禁じられた遊びですね、目標は」
「素敵な曲ね。ギターでしか演奏できない曲よね。映画を観たから特にそう感じる」
「俺も見ました。イエペスのギターは沁みますね」
*イエペス＝ナルシソ・イエペス、スペインのギタリスト。禁じられた遊びで有名になる（故人）
「弾けるようになったら是非聞かせてね」
「はい、最初に披露します、小枝子さんの前で」
「嬉しいわ。じゃあ楽器出すわね・・・ケースも付いているから安心よね。ちょっと弾いてみる？」
「でもあまり弾けないから・・・恥ずかしいです」
「そんな事ないよ。一応触ってみてから持って帰って」
「そうします」
チューニングを音叉であわせてかき鳴らしてみた。豊かに鳴り響く低音と澄み切った高音のバランスが絶妙に感じられた。
「すごくいい音です・・・嬉しいです」
「少し時間が経っているから、乾燥しているのかしら・・・乾いたいい音に聞こえますね」
「そうでしょうか・・・まだ良く解りませんがとても気に入りました。はい、一万円です。残りは毎月給料日の日に持ってきます。本当にそれでいいんでしょうか？」
「いいのよ、そう言ったんだから。慌てなくてもいいの。月末までに持ってきてくれればそれでいいから・・・」
「はい、必ずそうします」
この日から雄介は毎日自宅にいる時間はギターを弾いていた。父親がステレオを聞くときに「うるさい」と叱られたが、構わずに弾き続けた。
12月から通い始めた自動車学校も順調に講習を終了して、二月の初めには免許証が受け取れることになった。五回目の最後の支払日が25日に迫っていた。正月に家族で話し合って雄介が免許を取ったら車を買おうと言うことになった。家族で出かけられるし、急用のときなど便利だからだ。周りの家でもこの頃車を買って乗り始めていたからこの機会に高い買い物だったが父と母は雄介と一緒に中古屋さんに物色に出かけた。カローラかサニーで迷っていたが、店員が「トヨタの方が故障が少ないですよ」とアドバイスしたことでカローラに決めた。
免許を受け取ってその足で母親と一緒に車を契約しに行った。前もって連絡と手続きをしていたから代金と引き換えに乗って帰れる状態になっていた。
緊張の面持ちで母親を助手席に座らせて、シートベルトを締めてギヤーをローに入れてクラッチをつないだ。少しガクンとしたが、車はゆっくりと動き出して、「ありがとうございました」と言う店の主人の送り言葉を背に国道に進入して家まで走らせることが出来た。母親は初め身体をこわばらせていたが雄介の運転が意外に上手に感じたのか家に着く頃にはリラックスしていた。この日は家族で車の話をして終わった。
「車が来たよ・・・カローラ、中古だけど最高！ドライブに行こうぜ？」佳恵にそう電話した。
「ほんと！すごい・・・ねえいつ乗せてくれるの？」
「今度の休みでもいいぜ」
「今度はダメなの・・・三月の初めの日曜日は？休みに入ってからでもいいけど」
「いつから休みなんだ？」
「多分10日ぐらいからだと思う」
「そうか・・・俺は中旬まで休み無いからどうしようか？」
「じゃあ、初めの日曜日にする」
「解った。家にはそう言っておくよ。車は一応家族で使うって言うことになっているからな」
「うん、ありがとう・・・どこへドライブに行く？」
「そうだなあ・・・まだ遠いところは無理だから、近くで走るだけにしよう」
「いいよ、楽しみ・・・じゃあ、また連絡してね」
電話を切って雄介はどこをドライブしようか地図を見ながら迷っていた。
25日になって給料の中から最後の一万円を支払いに小枝子の店に行った。定休日は水曜日なのに店が休んでいた。ダイエーのテナント店なので勝手には休めないはずだから雄介は心配になった。警備室まで事情を聞きに行った。
「井上です。お疲れさま・・・あのうレコード店休業していますよね。連絡あったのですか？」
「雄介くんか、どうした？用事でもあったのか？」
「はい、約束していたことがあったので・・・」
「ちょっと待ってて・・・連絡は受けているよ。経営者の人が体調を崩して代わりが居ないからしばらく臨時休業にするって届けが出てるよ」
「そうですか」
少し考えて雄介はちょっと心配になったこととお金を払わないといけないという責任感で小枝子の住所と電話番号を聞いた。
「教えていただきたいのですが・・・構いませんか？」
「いいよ、ここにメモして渡すから・・・はい、これ」
「ありがとうございます」
自宅に帰って早速電話をした。
「もしもし、山本ですが・・・どちらさんですか？」
「井上といいます。小枝子さんは居られますでしょうか？」
「はい居りますが・・・今は手が離せません。ご用件はなんでしょう？お急ぎでしたら聞いて参りますが」
「そうですか・・・一応こちらの電話番号を言いますので、手が空きましたらお電話頂けませんか？」
「かしこまりました。ご迷惑をお掛けします・・・お待ち下さい・・・」
メモを取り終えて相手は電話を切った。
一時間ほどして呼び鈴がなった。
「はい、井上です」
「山本と申しますが雄介さんお見えでしょうか？」
「お待ち下さい。雄介！電話」
「代わりました。あっ！小枝子さん、大丈夫でしたか？」
「電話ありがとうね・・・心配かけちゃって。お金のことならいいのよいつでも。二、三日したら元気になるからお店を開ける日に電話します」
「どうしたの？」
「・・・」
「風邪？」
「・・・」
「何か言って？本当に心配しているから聞かせて欲しい」
「ゴメンなさい・・・」
そう小声で言った小枝子は泣いているようだった。
月曜日に規定の授業を終えると雄介は友だちの誘いを断って大和田に直行した。何とか工面した1万円を財布に入れて焦る気持ちを抑えながら店に着いた。
「こんにちわ！雄介です」
「井上さん・・・待ってたわ。奥に来て」
入り口にレコードが並べられていて、奥に壁に掛けるようにしてギターとウクレレが並べてあった。そして一番隅っこにあるガラスショーケースに一本目的のギターが飾ってあった。
「ママさん聞いていいですか？」
「なに？ママさんは止めて、小枝子って呼んで頂戴」
「はい、小枝子さん・・・どうしてこんな高いギターが置いてあるんですか？後はみんな5千円とか高くても1万円なのに？」
「そうよね、こんなレコード屋でこのギターは無いよね・・・実はね昔のお客さんで買うから取り寄せてって言われて仕入れたのに、何故かそれ以来こなくなってしまったのよ。そのうちに返品するタイミングを失って・・・ずっと置いてあるの」
「そうなんだ・・・無責任なんだねその人って」
「そうね。でもお陰で井上さん・・・雄介さんで構わないよね？と巡り逢えたのだから、このギターも幸せをやっと掴むって気がする」
「構いません。そうですか、そんなふうに考えられるんですね素敵です」
「楽器が好きだからね、音楽もよ。悲しいとき、嬉しい時、淋しい時、辛い時、それぞれに沁みる音楽があるのよ。雄介さんがそれをこのギターで表現できたら高い買い物じゃなくなるから頑張って練習してね」
「頑張ります。まずは禁じられた遊びですね、目標は」
「素敵な曲ね。ギターでしか演奏できない曲よね。映画を観たから特にそう感じる」
「俺も見ました。イエペスのギターは沁みますね」
*イエペス＝ナルシソ・イエペス、スペインのギタリスト。禁じられた遊びで有名になる（故人）
「弾けるようになったら是非聞かせてね」
「はい、最初に披露します、小枝子さんの前で」
「嬉しいわ。じゃあ楽器出すわね・・・ケースも付いているから安心よね。ちょっと弾いてみる？」
「でもあまり弾けないから・・・恥ずかしいです」
「そんな事ないよ。一応触ってみてから持って帰って」
「そうします」
チューニングを音叉であわせてかき鳴らしてみた。豊かに鳴り響く低音と澄み切った高音のバランスが絶妙に感じられた。
「すごくいい音です・・・嬉しいです」
「少し時間が経っているから、乾燥しているのかしら・・・乾いたいい音に聞こえますね」
「そうでしょうか・・・まだ良く解りませんがとても気に入りました。はい、一万円です。残りは毎月給料日の日に持ってきます。本当にそれでいいんでしょうか？」
「いいのよ、そう言ったんだから。慌てなくてもいいの。月末までに持ってきてくれればそれでいいから・・・」
「はい、必ずそうします」
この日から雄介は毎日自宅にいる時間はギターを弾いていた。父親がステレオを聞くときに「うるさい」と叱られたが、構わずに弾き続けた。
12月から通い始めた自動車学校も順調に講習を終了して、二月の初めには免許証が受け取れることになった。五回目の最後の支払日が25日に迫っていた。正月に家族で話し合って雄介が免許を取ったら車を買おうと言うことになった。家族で出かけられるし、急用のときなど便利だからだ。周りの家でもこの頃車を買って乗り始めていたからこの機会に高い買い物だったが父と母は雄介と一緒に中古屋さんに物色に出かけた。カローラかサニーで迷っていたが、店員が「トヨタの方が故障が少ないですよ」とアドバイスしたことでカローラに決めた。
免許を受け取ってその足で母親と一緒に車を契約しに行った。前もって連絡と手続きをしていたから代金と引き換えに乗って帰れる状態になっていた。
緊張の面持ちで母親を助手席に座らせて、シートベルトを締めてギヤーをローに入れてクラッチをつないだ。少しガクンとしたが、車はゆっくりと動き出して、「ありがとうございました」と言う店の主人の送り言葉を背に国道に進入して家まで走らせることが出来た。母親は初め身体をこわばらせていたが雄介の運転が意外に上手に感じたのか家に着く頃にはリラックスしていた。この日は家族で車の話をして終わった。
「車が来たよ・・・カローラ、中古だけど最高！ドライブに行こうぜ？」佳恵にそう電話した。
「ほんと！すごい・・・ねえいつ乗せてくれるの？」
「今度の休みでもいいぜ」
「今度はダメなの・・・三月の初めの日曜日は？休みに入ってからでもいいけど」
「いつから休みなんだ？」
「多分10日ぐらいからだと思う」
「そうか・・・俺は中旬まで休み無いからどうしようか？」
「じゃあ、初めの日曜日にする」
「解った。家にはそう言っておくよ。車は一応家族で使うって言うことになっているからな」
「うん、ありがとう・・・どこへドライブに行く？」
「そうだなあ・・・まだ遠いところは無理だから、近くで走るだけにしよう」
「いいよ、楽しみ・・・じゃあ、また連絡してね」
電話を切って雄介はどこをドライブしようか地図を見ながら迷っていた。
25日になって給料の中から最後の一万円を支払いに小枝子の店に行った。定休日は水曜日なのに店が休んでいた。ダイエーのテナント店なので勝手には休めないはずだから雄介は心配になった。警備室まで事情を聞きに行った。
「井上です。お疲れさま・・・あのうレコード店休業していますよね。連絡あったのですか？」
「雄介くんか、どうした？用事でもあったのか？」
「はい、約束していたことがあったので・・・」
「ちょっと待ってて・・・連絡は受けているよ。経営者の人が体調を崩して代わりが居ないからしばらく臨時休業にするって届けが出てるよ」
「そうですか」
少し考えて雄介はちょっと心配になったこととお金を払わないといけないという責任感で小枝子の住所と電話番号を聞いた。
「教えていただきたいのですが・・・構いませんか？」
「いいよ、ここにメモして渡すから・・・はい、これ」
「ありがとうございます」
自宅に帰って早速電話をした。
「もしもし、山本ですが・・・どちらさんですか？」
「井上といいます。小枝子さんは居られますでしょうか？」
「はい居りますが・・・今は手が離せません。ご用件はなんでしょう？お急ぎでしたら聞いて参りますが」
「そうですか・・・一応こちらの電話番号を言いますので、手が空きましたらお電話頂けませんか？」
「かしこまりました。ご迷惑をお掛けします・・・お待ち下さい・・・」
メモを取り終えて相手は電話を切った。
一時間ほどして呼び鈴がなった。
「はい、井上です」
「山本と申しますが雄介さんお見えでしょうか？」
「お待ち下さい。雄介！電話」
「代わりました。あっ！小枝子さん、大丈夫でしたか？」
「電話ありがとうね・・・心配かけちゃって。お金のことならいいのよいつでも。二、三日したら元気になるからお店を開ける日に電話します」
「どうしたの？」
「・・・」
「風邪？」
「・・・」
「何か言って？本当に心配しているから聞かせて欲しい」
「ゴメンなさい・・・」
そう小声で言った小枝子は泣いているようだった。
作品名：「初体験・小枝子編」 第一話 作家名：てっしゅう