「哀の川」 第二十一章 二人の絆
「純一、それは杏子さんが悪い事だけど、あなたにも責任はあるのよ。安易に女性を抱いちゃダメ、感情が入ってややこしくなるから。もう、由佳さん以外の人に興味を抱いちゃいけないよ!男として我慢できなくなったら、美津夫さんにでも相談して、そういうところへ連れて行ってもらいなさい・・・私に内緒でだよ!ハハハ・・・」
「ええっ?それって、いかがわしい場所って事?イヤだなあ・・・怖いよ」
「それが案外、いいらしいよ。まあ、女の私が勧めるのも変だけどね。そうか、由佳さん、初めてだったんだ・・・きっと純一のこと物凄く好きに感じていると思うよ。女は初めての人にそうなるから・・・」
「うん、それは感じる。ボクだって、同じだから。これからも解らないことが出来たら裕子姉さんに相談して構わない?」
「いいよ、いつでもどうぞ、でも・・・杏子さんみたいに、抱かれるのは嫌よ、ハハハ・・・」
「冗談きついよ!美津夫さんに殺されちゃうよ、ボク・・・」
大きな笑い声が響いていた。裕子は純一が少し大人に変っている感じに思えた。背も高いし、男前だし、何より冗談も言えるし、仕草も優しいから、きっともてるようになるだろうと・・・間違いが起こらなければ、いいのに・・・と母心のように感じた。
家に帰ってきた由佳は、母親に話しをして今からオークラへ純一と一緒に食事に行くことを伝えた。母の潤子はそれじゃあ、と着替えを勧めて、少し化粧をしてあげると鏡の前に座るように言った。
初めて自分の顔に塗られてゆくファンデーションが由佳を大人の世界に引き込んでゆく。母は薄めに施し、リップもグロスだけにした。髪形を整えて、ミニのワンピースを着て姿を鏡に映した。潤子は急に大人びて見える由佳を素直に嬉しく感じた。
「素敵よ、由佳・・・純一さんきっとビックリするわよ。ねえ、あなた大人になったのよね?純一さんと・・・」
「お母さん・・・恥ずかしいわ、そんなこと言わせないで。私は変らないのよ、お母さんのことも好きだし、純一さんのことも好き・・・」
「そんなこと言わせるために聞いたんじゃないのよ。由佳が大人になるって言う事が嬉しいの。女はね、好きな人に抱かれる事が最高の悦びなのよ。それが解る女性になったって事が、素敵に思えるから、聞いたのよ」
「そうね・・・お母さんの言う事が少し解るわ。お母さんもそうだったのよね?お父さんとは・・・」
「そうよ、でも初恋は違う人・・・今も大切な想い出なの。あなたには、ずっとこのまま、純一さんと続いて欲しいわ。それが一番の幸せになるから、可愛らしい女で居るのよ、いつまでも・・・ね?」
「うん、ありがとう、お母さんは頼りになるわ、これからも色々教えてね」
「はい、由佳が一番の楽しみだからねえ・・・そうだ、遅れるといけないから、支度しなきゃ!」
話し込んで時間が過ぎていた。潤子は由佳を赤坂見附まで車で送って行った。
道が少し混んでいたため、由佳は10分ぐらい遅刻して駅に駆け込んで行った。辺りを見回して、純一と目が合った。
「ごめんなさい・・・遅刻して。待った?」
「いや、僕も今来たところ・・・由佳!化粧しているの?すごく綺麗だよ!大人の女性みたい。いいよ、自分でしたの?」
「ありがとう、母にしてもらったの。今日はして行きなさいって、言われたから」
「そうなんだ、お母さんは素敵な人だね。女親って、男親とは違うんだろうなあ・・・ボクのママは、小言ばかり・・・」
「それは、純一さんが好きだから、言い過ぎちゃうのよきっと。愛されているから、そうなるのよ」
「大人みたいな答えだね。参ったなあ・・・ボクのほうが子供っぽいよ」
「そうよ、大人になりなさい!純一君!ヘヘヘ・・・」
「お〜偉そうに言ったな!こいつめ・・・」
頭をこつんと突付いた。きゃっと声を上げて、二人は笑った。
オークラが目の前に見えてきた。ロビーに入ると、あの支配人がさっと純一を見つけて、レストランへ案内した。
「いらっしゃいませ!御案内いたします。こちらへどうぞ・・・」
まったく以前来た時と変わらない景観で、少し大人になった純一には重厚な雰囲気が素晴らしいと受け止めていた。由佳は初めてらしく、少し緊張していた。
「純一さんは良く来るの?」
「いや、ママや裕子伯母さんは来ているみたいだけど、僕はそんなに来てないよ」
「立派なところね・・・緊張しちゃうわ」
父も母も正装していた。裕子も美津夫も同じにだ。何かあったのだろうかと気になったが、自分も由佳もきちんとした格好をしていたので恥ずかしくは感じなかった。席に案内された。
「純一、待っていたよ。そちらが・・・早見さんかい?」直樹は聞いた。
「はい、紹介します。早見由佳さん、部活を一緒にしています。パパとママ、そして、そちらが裕子伯母さん、ママのお姉さん。そしてそちらが伯母さんの御主人で美津夫さん、小さいのが未来ちゃんだよ」
由佳に紹介した。
作品名:「哀の川」 第二十一章 二人の絆 作家名:てっしゅう