「仮面の町」 第一話
「どうしてこの町を選んだの?東京とかの方がたくさん仕事先もあっただろうし、都会だし」
「東京には行きたくなかったんです。大きな町は苦手なんで」
「どうして苦手なの?」
「人ごみって言うのが好きじゃないんです。静かな場所の方が向いているって思いますから」
「じゃあ、生まれた町で良かったんじゃないの?」
「米川村ですか?どんな場所か知ってます?」
「知らないけど、静かでしょう?田舎で空気もいいし、人も少ない。違う?」
「働くところなんかないですよ。役場は縁故で普通の人は入れないし、農業は大変だし、一番近い都会って言えば直江津か長岡ですから僕が希望するような仕事は見つけられないんです」
「そうなの・・・私は地元だから仕方なくって感じで入社したけど、本当は東京に行きたかったの。都会に憧れていたからね。お洒落もしたいし、美味しいものも食べたいし、いろんな遊びもしたいって考えていたから」
「東京ですか・・・思い切って行けばよかったのに」
「女一人で行けるわけないでしょ!親が許すはずないと思わない?」
「そうですね・・・すみません」
「謝らなくてもいいのよ。ねえ?もっと強くなったら・・・お付き合いするんでしょ、リードしてくれなきゃ頼りないって思えちゃうの」
「はい、強くなります。優子さんに嫌われないようにします」
「なんだか、私の言いなりみたい・・・」
優子は弘一の優しい面を快く感じていたが、男らしく引っ張ってくれそうな雰囲気は感じられなかったから不満に感じていた。今まで付き合った男はみんな弱々しく頼りがいがなかったから今度もそんな感じだと諦めかけていた。
高木優子の父親康夫は地元でも戦前には豪商であった深谷家の生まれで、戦後農地解放で分家に養子に出され高木姓を名乗っていた。
元をたどれば初代久能次郎の表沙汰にはしていなかったが幼年の頃より許婚のような存在であった深谷紀美子は父親の祖母に当たる人物だった。
もし次郎が久能家に養子に連れて行かれなかったら、優子の先祖は次郎になっていたかも知れなかった。そんな縁が天木を巻き込む事件に発展する事をこの時は知る由もなかった。
レストランで話し込んですっかりと時間が遅くなってしまった。
「優子さんこんな時間になってしまいました。家まで送って行きますから教えてください」
「うん、ありがとう。地元だから1人でも帰れるわよ。心配しないで・・・」
「ダメです!真っ暗だし、こんなに遅くに女性一人でなんか歩いてはいけません」
「じゃあ、頼もうかしら。歩いて10分ぐらいなの、直ぐなのよ。天木さんはどこに住んでいるんだっけ?」
「ここから見えるかなあ・・・川を渡った向こうのアパートです」
「じゃあ反対方向ね。帰りが遠くなるから気をつけて帰ってね」
「ボクは男ですから心配しないで下さい」
「最近はそうでもないから気をつけてね。ここら辺も昔の人達ばかり住んでいる訳じゃないから」
「ありがとうございます。じゃあ、行きましょうか」
「ええ」
真っ暗になっていた道を隣同士になって歩いて優子を家まで送っていった。優子の家は立派な門構えのある日本家屋だった。
「ここなの。ありがとう。また食事に行きましょうね」
「はい、お休みなさい。今日はありがとうございました。優子さんが・・・好きです」
「うん、私もよ・・・弘一さんって呼んでもいい?」
「うれしいです。そう呼んでください」
「じゃあ、また・・・」
「握手だけしてください」
優子は握手をして弘一のほっぺたに軽くキスをした。
「優子さん・・・」
「お休みのキスよ・・・気をつけて帰ってね」
弘一は天にも昇るような気分で帰り道を急いでいた。橋の近くまで来たときに後方からバイクの音が聞こえた。こんな時間にと思いながら振り返ると、ヘルメットも着けずに二人乗りをしてゆらゆらとふらつくように走っていた。
「危ない奴らだなあ・・・」そう感じて通り過ぎるのを待って歩き始めた。川を渡ると信号のある交差点があった。
この時間帯はめったに車が通らない事を知ってかバイクは中央ラインの近くをふらつきながら走行して交差点に入った。次の瞬間ガチャン!と鈍く大きな音を立ててバイクは弾き飛ばされていた。信号無視をした黒い乗用車に衝突されたのだった。
天木は走って交差点まで近寄った。車から降りてきたのは久能不動産の運転手だった。そして後部座席から降りてきたのは社長の肇だった。
作品名:「仮面の町」 第一話 作家名:てっしゅう