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てっしゅう
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novelistID. 29231
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「仮面の町」 第一話

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明治時代の初め村全体を治めていたと言える豪商だった久能家は長男を始め次男、三男と相次いで夭折させる事態が相次いで起こり、家督を継承する成人男子が居なくなってしまった。本家の久能義隆(くのうよしたか)は分家の次男に当たる次郎を養子に迎えることでその難を解決しようと諮っていた。自分から分家を訪ねることなどなかったが、養子の話となるとそうもゆかず、重い腰を上げて人力車を向かわせた。

「義隆様がお見えになられました」玄関先でそう叫んだのは主人の妻、志津子だった。ゆっくりと奥の間から主で義隆の従兄弟になる長次郎が姿を現して上り口に控えていた。

「これはこれは義隆様、こちらからお迎えに参らねばならぬところをお越し頂きましてご足労をお掛けいたしました。どうぞおあがり下さい」
「長次郎か・・・久しぶりじゃのう。今日は世話になる話に来たゆえ遠慮は無用じゃ」
「解っております。まずはお寛ぎ下さいませ」
「言葉に甘えるとしよう・・・上がらせてもらうぞ」

志津子の案内で応接間に通され上座に座るとそれを待って向かい側に長次郎は腰掛けた。

「お話は聞いております。次郎が養子にとのお話しで参られたのですね?」
「そうじゃ。お前には辛い話しじゃろうが、今度ばかりはわしを助けてくれんか?」
「志津子にも納得させましたゆえ、本家の跡取りとして恥ずかしくないように本人に言い聞かせます。縁組は具体的にいつになるのでしょうか?」
「そうじゃのう・・・早い方がええで、年が明けたら直ぐに執り行おう。準備を頼んだぞ。身一つで来させてくれ。全部本家で整えさせてもらうで」
「ありがとうございます。心得ました」

分家の久能家は義隆の弟宗隆が構える新家に次ぐ家格で村では林業を中心に営んでいた。明治に入って近代化が進み町では鉄道や道路の建設が盛んになっていた。枕木の需要が全国で起こり久能家もその一環を担っていた。政府と交渉の窓口になっているのはもちろん本家の義隆であった。村一番の信用を利用してあらゆる事業に乗り出そうと義隆は精力的だった。養子に迎えられた次郎は成人を待って家督を継いだ。

久能次郎、このとき16歳。後に結婚して生んだ跡取りが義一郎(ぎいちろう)で第二次大戦を生き残り戦後に焼け野原だった村の土地を買占め地元最大の不動産業に乗り出していた。国鉄東海道線が全面修復して新しく村は町となり新駅が誕生した。駅前開発に拍車がかかり久能不動産は泣く子も黙る地元では大手企業にのし上がっていった。

時は昭和39年、東京オリンピックに沸く日本の経済は目覚しい成長と繁栄を築こうとしていた。カラーテレビ、クーラー、自動車は3Cと呼ばれ時代の憧れ商品になっていた。特にオリンピックをカラーテレビで見ようという需要は大きく当時車ほどの値段をつけていたテレビが公共施設や街頭、電気店の店頭などに並ぶと、列を作って見ていた聴衆からため息が漏れていた。

自宅の居間でソファーにゆったりと腰掛けながら久能義一郎はオリンピックをカラーテレビで観ていた。傍に居るのは長男の肇(はじめ)、次男の史郎、長女の千恵子、そして妻の正子と雇っている家政婦の富江だった。
翌年から始まった高度成長の波は昭和45年に大阪万博を開催し、もはや日本から世界に向けてその経済的発展は留まるところを知らなかった。
久能家の事業も不動産業で儲けた資産をアパートマンション建設と産廃事業につぎ込んでますます巨大な企業へと発展していた。会長職に退いた義一郎の後を継いだのは長男の肇だった。仕事は順調に引き継ぎ名実共に社長としての地位を築き始めていた矢先に事件は起こった。

昭和55年激動の時代が始まろうとしていた1980年がスタートした。
人口の増加により市に格上げとなった境川市(さかいがわし)に高校を卒業して就職にやって来た天木弘一(あまきこういち)を採用した花井建設は地元久能不動産の長女千恵子が嫁いでいた会社だった。当然のことながら千恵子は現職社長の妻になるから、花井建設の専務取締役となっていた。
仕事始めの時に天木は人事課の担当者から、「専務は久能不動産のお嬢様だから心して置くように」と聞かされていた。それは、逆らってはいけないとの教えであり、この市では久能といえば総理大臣と同じであるということを地方出身者に教えることでもあった。
18歳の天木にはよく理解できなかったが、街のあちらこちらで見る久能と言う文字の多さに地元では有名な人物なんだろうとだけは知り始めた。市会議員、県会議員、市長、助役、教育長、そして警察関係にまでその人脈は波及して一大ファミリーをなしていた。

天木は一人暮らしをしていたので、そろそろ彼女が欲しいと考え始めていた。仕事を始めて半年ほど経ったある日、会社からの帰りに話が出来た同年の女性社員高木優子を喫茶店に誘った。

「優子さんの出身はどこですか?」
「地元なの」
「そうでしたか、俺は米川村なんです。知ってます?」
「いいえ知らないわ。どちらなの?」
「はい、日本海側ですが新潟県です」
「そう、遠いのね。冬は厳しいでしょう?」
「雪はそれほど多くはないですが、風が冷たくて寒さは厳しいですよ。それに比べるとここは天国ですね」
「天国?ここが?」
「違いますか?暖かいし、交通の便もいいし、街にも活気がありますから」
「そんなふうに見えるのね・・・他所から来た人にはきっとそう感じられるのね」
「何か不満な言い方に聞こえますが・・・どうしたんですか?」
「どうもしないけど、そのうちにあなたにも解るわ、きっと」
「そうなんですか・・・まあいいけど、優子さんは・・・そのうお付き合いされている方が居ますか?」
「えっ?急に何?」
「聞いてみたかっただけです。すみません・・・怒らないで下さい」
「天木さん、もし居ないって答えたらどうなさるおつもりなの?」
「どうするって・・・別に・・・」
「そんな気持ちで聞いたの?いい加減なのね」
「違います!居ないのなら・・・僕と付き合っていただけませんか?」
「はっきりと今度は言ったのね・・・私はひねくれものだから知らないわよ、困らせるようになっても」
「ええ?そんなふうには見えませんけど・・・そうなんですか?」
「嫌になったの?取り消す?」
「そういうんじゃありません。とても可愛い方なのでそんなふうには見えないって思っただけです」
「天木さん・・・ありがとう。優しいのねウソでも嬉しいわ」
「ウソは言ってません。親から絶対にウソをつくことと、正義に反することはやるなと言い聞かされていますから、本当です」
「あなたのような男性に初めて出逢ったわ・・・いいわよ、彼女になってあげる」
「本当ですか!やった!言ってよかったです。ずっといつ言おうか迷っていたから・・・なんだか安心したらお腹が減ってきました。優子さんは腹空きませんか?」
「可笑しい人!いいですよ、付き合ってあげる」

外はもう真っ暗になっていた。駅前にあったレストランへ二人は入っていった。

「あなたの事もっと知りたいわ。質問して構わないかしら?」優子は少しいたずらっぽい目で弘一を見ながら言った。
「はい、いいですよ。何でも聞いてください」にこっと笑いながらそう返事した。