あいなきあした
Dance dance! 季節の流れ
Dance dance! 信じる二人
Dance dance! 大人のフリを
止めることができる??
Can you see?
Can't you see?
Wait & See…
【♪「arcorhyme」甘い日々♪】
俺は仕込みの時には同じ曲しか聴かない。
決してお洒落とは言いかねるラーメン屋の店内に、仕込み中の位置で音響的にきっちりとバランスを取り、オーディオ好きの友人に見繕ってもらった、BOSEのWestBoroughは優しく、透明感のある中音域が伸びやかに響く。
なにかのティーヴィーでパンを仕込む時、カンツォーネを歌って仕込むと美味しいパンが出来るという職人の話を見たが、それなら俺は人生の大半を費やした、このいやにこ洒落た渋谷系の音楽を、俺の麺には吹き込んでやりたい。
どこも自家製麺の店ならば、水と小麦粉のバランスを湿度や温度によって、配合を変えているものだが、うちの店は麺の存在感を意識しているだけに、普通パンに使う強力粉を多めに水分を少なくすることで、ごわごわとした食感を出せるようにしている。
「マスター、豚浅めで、骨そろそろじゃないっすか?」
鶏骨をハンマーで砕き終えたアキラがうながす。
「おう、あとやるわ。」
アキラが砕いた骨を、煮込んだスープに髄液が染み出すように少し乱暴にかき回す。
アキラは2週間前から来てくれているアルバイトだ。こいつは言ってはなんだが、俺の理想とするラーメンの食い方が出来る奴で、つけそばとラーメンを出している俺の店で、実はコストがかかっているスープが多いラーメンを毎回食い、残さずスープをたいらげる理想の客といえた。その食いっぷりもあざやかなもので、大盛りのラーメンを頼み、3杯まで無料の刻み玉ねぎをきっちり3杯だけ入れ、麺をのびる前にと無心にすすり、ちょうど半分のところで辛味と酢で味に変化をつけて、後半の勢いをつける。毎回無言で俺と違わぬ動きでラーメンをかっ食らっていく「奴」には個人的な好感を持っていた。
仕立てのいいスーツですまして食うサラリーマンも、食べ盛りの学生さんも、俺の店のどんぶりの前では平等なのだ。私語もいい。カメラもいい、カップルで来てもらって相席待ちしてもらってもいい。ただ、平等な店であれば、それで良かった。
しかし、俺にとっての上客は、ラーメンと対峙し、ひたすらに『食う』だけの客だ。
真っ赤な髪の毛を突っ立て、ギターをしょっては現れる奴の事は、店の経営が上向いて、余裕が出たら、必ず誘ってやろうと、心に決めていた。
いつも通り大盛りのラーメンを残らずたいらげ、勘定を終えたタイミングで、店の名刺の裏に携帯番号を書いて、黙って差し出した…。
返事は「オレはあくまで音楽でプロになるつもりだから、バイトの時もこの服装や髪型を変える気は無い。夜はリハーサルやライブがあるから、店には立てない。そしてなにより、この世界には少なからず熱狂的なファンで成り立っていて、店に迷惑をかけたくはないから、仕込みの時間だけなら手伝わせてもらう」と。
アキラは飲食経験こそ無かったが、願っても無いパートナーだった。世間話も好まずぽつぽつと喋る程度で、黙々と作業をこなした。
そして、開店前の一番湯で茹でる、まかないの大盛りラーメンをどの客より旨そうに食べた。
たまに
「玉ねぎドカッと、いいっすか?」
などとささやかな要求をまじえながら…。
アキラが暖簾をかかげて
「おつかれーっす」
と帰っていくと、すかさず俺はオーディオの電源を落として、頭のスイッチを切り替える。いささか手前味噌だが、開店を待っている客が待ちきれずもそもそと入ってくる。
本意ではないが、
「つけ中。」「半肉大盛り。」「ラーメンめんま。」
ラーメン店で食いつけなければ分からないような、暗号のような注文が連呼され、カウンター6席の店がすぐ満席になる。
俺はこの店が好きだ。
恥ずかしながら要領の悪い俺が、まがいなりにも店を切り盛り出来るのは、このキャパによるものだ。実際に種明かしと言ったらなんだが、厨房の上にはホワイトボードがはってあり、注文にマグネットを色分けして各座席に配置することで、オーダーと順番をコントロールしている。麺も自家製麺の四角い極太麺ゆえに、茹で時間が長く、うまく客の出し入れが出来ないため、試行錯誤の末、結局2つのタイマーで3玉ずつ処理することでなんとか解決したくらいだ。
俺は今日のスープが終わりそうになると、行列を伺いに行く…。
ラーメンを頼まれてスープが足りなくなりそうな場合は、客につけそばで良いかと頼み、なるたけ追い返さないようにと努めている。頑固なラーメン屋気取りで居丈高な店にはしたくない。自分がやられて嫌なことは客も嫌なはずだ…。
このとおり、なぜ店がやれるかというような不器用な男が、麺とスープに毎日格闘しているかというのは因果なものである。
俺はこの店が好きだ。
居抜きで家賃も安く、最寄駅の乗降客も少ないが、学生や、サラリーマンの定期圏内の駅前ゆえに、素材というよりは値段とボリュームを売りとする某有名系列店をはじめるには、格好の物件だった。
いかにも、昔ながらのラーメン屋といった風情の物件は、居抜きのラーメン屋という業態に限り、格安で貸してもいいという、喉から手が出そうなほどの物件だったが、いままで、何人もの店主が断られているという不動産屋の話ではあった。
契約の実際の場は、不動産屋のテーブルではなく、営業中のその店に赴くかたちになった。店内には2〜3人の客が何も言わずにラーメンをすすっている。
「こんにちは、契約のお話をいただいたヤナギサワと申します」
「おう、ちょっと待ってろよ。」
ひらけた厨房を見やると、特段特徴のない食材でスープを取っているように見えたが、その麺の湯切りは、腕のてこを使った鋭さで、水分でスープの味を崩さない完璧さで、俺はどんぶりをだされる前から、肩がこわばるのを感じた。
「おいよ、コショウ先にかけるなよ。」
薄いチャーシュー、ナルト、メンマというよりはシナチク…彩り程度のネギ。
「支那そば」の名前にふさわしいたたずまいの一杯。
スープを飲み、麺をすする。
じいさんは少し間をおいて、
「どうだ?」
ちぢれた麺が滋味溢れるスープを持ち上げる。小麦のふんわりとした香りが噛みしめるたびにひろがる。奥にある製麺機も使い込まれているところを見るにつけ、国産の小麦を自家製麺している。そして具材が極限まで絞り込まれているのも、いい材料を使っているからで、値札の「ラーメン 550円」は持ち物件と店主の心意気なくては出来ない。何のてらいもないが、間違いない味。
「うまいです…。」
「お世辞聞いてんじゃねえんだよ!お前、このラーメン作れるか?」
無限のような数秒が過ぎて、俺は…
「俺のラーメンはまだコピーにもなっていませんし、狙っている客層も男性のサラリーマンと学生です。この味は出せません…」
この物件欲しさにひとつ嘘でもついてやろうかと思ったが、このじいさんはまごうもなき本物だし、この味とやり方が通じなくなってきている事を、痛いほど肌で感じているのだろう…。
Dance dance! 信じる二人
Dance dance! 大人のフリを
止めることができる??
Can you see?
Can't you see?
Wait & See…
【♪「arcorhyme」甘い日々♪】
俺は仕込みの時には同じ曲しか聴かない。
決してお洒落とは言いかねるラーメン屋の店内に、仕込み中の位置で音響的にきっちりとバランスを取り、オーディオ好きの友人に見繕ってもらった、BOSEのWestBoroughは優しく、透明感のある中音域が伸びやかに響く。
なにかのティーヴィーでパンを仕込む時、カンツォーネを歌って仕込むと美味しいパンが出来るという職人の話を見たが、それなら俺は人生の大半を費やした、このいやにこ洒落た渋谷系の音楽を、俺の麺には吹き込んでやりたい。
どこも自家製麺の店ならば、水と小麦粉のバランスを湿度や温度によって、配合を変えているものだが、うちの店は麺の存在感を意識しているだけに、普通パンに使う強力粉を多めに水分を少なくすることで、ごわごわとした食感を出せるようにしている。
「マスター、豚浅めで、骨そろそろじゃないっすか?」
鶏骨をハンマーで砕き終えたアキラがうながす。
「おう、あとやるわ。」
アキラが砕いた骨を、煮込んだスープに髄液が染み出すように少し乱暴にかき回す。
アキラは2週間前から来てくれているアルバイトだ。こいつは言ってはなんだが、俺の理想とするラーメンの食い方が出来る奴で、つけそばとラーメンを出している俺の店で、実はコストがかかっているスープが多いラーメンを毎回食い、残さずスープをたいらげる理想の客といえた。その食いっぷりもあざやかなもので、大盛りのラーメンを頼み、3杯まで無料の刻み玉ねぎをきっちり3杯だけ入れ、麺をのびる前にと無心にすすり、ちょうど半分のところで辛味と酢で味に変化をつけて、後半の勢いをつける。毎回無言で俺と違わぬ動きでラーメンをかっ食らっていく「奴」には個人的な好感を持っていた。
仕立てのいいスーツですまして食うサラリーマンも、食べ盛りの学生さんも、俺の店のどんぶりの前では平等なのだ。私語もいい。カメラもいい、カップルで来てもらって相席待ちしてもらってもいい。ただ、平等な店であれば、それで良かった。
しかし、俺にとっての上客は、ラーメンと対峙し、ひたすらに『食う』だけの客だ。
真っ赤な髪の毛を突っ立て、ギターをしょっては現れる奴の事は、店の経営が上向いて、余裕が出たら、必ず誘ってやろうと、心に決めていた。
いつも通り大盛りのラーメンを残らずたいらげ、勘定を終えたタイミングで、店の名刺の裏に携帯番号を書いて、黙って差し出した…。
返事は「オレはあくまで音楽でプロになるつもりだから、バイトの時もこの服装や髪型を変える気は無い。夜はリハーサルやライブがあるから、店には立てない。そしてなにより、この世界には少なからず熱狂的なファンで成り立っていて、店に迷惑をかけたくはないから、仕込みの時間だけなら手伝わせてもらう」と。
アキラは飲食経験こそ無かったが、願っても無いパートナーだった。世間話も好まずぽつぽつと喋る程度で、黙々と作業をこなした。
そして、開店前の一番湯で茹でる、まかないの大盛りラーメンをどの客より旨そうに食べた。
たまに
「玉ねぎドカッと、いいっすか?」
などとささやかな要求をまじえながら…。
アキラが暖簾をかかげて
「おつかれーっす」
と帰っていくと、すかさず俺はオーディオの電源を落として、頭のスイッチを切り替える。いささか手前味噌だが、開店を待っている客が待ちきれずもそもそと入ってくる。
本意ではないが、
「つけ中。」「半肉大盛り。」「ラーメンめんま。」
ラーメン店で食いつけなければ分からないような、暗号のような注文が連呼され、カウンター6席の店がすぐ満席になる。
俺はこの店が好きだ。
恥ずかしながら要領の悪い俺が、まがいなりにも店を切り盛り出来るのは、このキャパによるものだ。実際に種明かしと言ったらなんだが、厨房の上にはホワイトボードがはってあり、注文にマグネットを色分けして各座席に配置することで、オーダーと順番をコントロールしている。麺も自家製麺の四角い極太麺ゆえに、茹で時間が長く、うまく客の出し入れが出来ないため、試行錯誤の末、結局2つのタイマーで3玉ずつ処理することでなんとか解決したくらいだ。
俺は今日のスープが終わりそうになると、行列を伺いに行く…。
ラーメンを頼まれてスープが足りなくなりそうな場合は、客につけそばで良いかと頼み、なるたけ追い返さないようにと努めている。頑固なラーメン屋気取りで居丈高な店にはしたくない。自分がやられて嫌なことは客も嫌なはずだ…。
このとおり、なぜ店がやれるかというような不器用な男が、麺とスープに毎日格闘しているかというのは因果なものである。
俺はこの店が好きだ。
居抜きで家賃も安く、最寄駅の乗降客も少ないが、学生や、サラリーマンの定期圏内の駅前ゆえに、素材というよりは値段とボリュームを売りとする某有名系列店をはじめるには、格好の物件だった。
いかにも、昔ながらのラーメン屋といった風情の物件は、居抜きのラーメン屋という業態に限り、格安で貸してもいいという、喉から手が出そうなほどの物件だったが、いままで、何人もの店主が断られているという不動産屋の話ではあった。
契約の実際の場は、不動産屋のテーブルではなく、営業中のその店に赴くかたちになった。店内には2〜3人の客が何も言わずにラーメンをすすっている。
「こんにちは、契約のお話をいただいたヤナギサワと申します」
「おう、ちょっと待ってろよ。」
ひらけた厨房を見やると、特段特徴のない食材でスープを取っているように見えたが、その麺の湯切りは、腕のてこを使った鋭さで、水分でスープの味を崩さない完璧さで、俺はどんぶりをだされる前から、肩がこわばるのを感じた。
「おいよ、コショウ先にかけるなよ。」
薄いチャーシュー、ナルト、メンマというよりはシナチク…彩り程度のネギ。
「支那そば」の名前にふさわしいたたずまいの一杯。
スープを飲み、麺をすする。
じいさんは少し間をおいて、
「どうだ?」
ちぢれた麺が滋味溢れるスープを持ち上げる。小麦のふんわりとした香りが噛みしめるたびにひろがる。奥にある製麺機も使い込まれているところを見るにつけ、国産の小麦を自家製麺している。そして具材が極限まで絞り込まれているのも、いい材料を使っているからで、値札の「ラーメン 550円」は持ち物件と店主の心意気なくては出来ない。何のてらいもないが、間違いない味。
「うまいです…。」
「お世辞聞いてんじゃねえんだよ!お前、このラーメン作れるか?」
無限のような数秒が過ぎて、俺は…
「俺のラーメンはまだコピーにもなっていませんし、狙っている客層も男性のサラリーマンと学生です。この味は出せません…」
この物件欲しさにひとつ嘘でもついてやろうかと思ったが、このじいさんはまごうもなき本物だし、この味とやり方が通じなくなってきている事を、痛いほど肌で感じているのだろう…。