茶房 クロッカス 最終編
そしてついにその日がやってきた。
その日は平日で、夕方の午後六時を過ぎた頃だった。
沙耶ちゃんは先に良くんと帰った後で、俺もぼちぼち閉店の準備を始めようかと思っているところだった。
カラ〜ン コロ〜ン
思いがけずカウベルが鳴った。
《えっ? 今頃?》
そう思いながらドアの方を見た。
「………!」
俺は、驚きからしばらく無言で立ちすくんだ。
ドアの所には一人の男性が立っていたが、彼は「あのう……」と言ったきり、何か迷っているのかしばらくその場所から離れなかった。
結局二人は睨み合うように見合っていた。
俺が驚きから立ち直って手招きをすると、ようやくその男性はカウンターに近付いて来てそのまま席についた。
そして一気に話し始めた。
「マスター、俺のことは覚えてないかも知れないけど、どうしてもお願いしたいことがあって来ました」
「うん?」
俺は、彼が何を言うつもりなのか次の言葉を待っていた。
「マスター、実はどうしてもここで、この店で逢いたい人がいるんです。その人に電話して、ここへ呼んで下さい」
緊張した面持ちで彼はそう言うと、一枚のメモ用紙を差し出して頭を下げた。
俺は何も言わず彼の手からそのメモ用紙をすうーっと抜き取って視線を落とした。
メモ用紙には京子ちゃんの名前と電話番号が書かれてあった。
俺はメモを持ってそのまま店の電話機のそばへ行き、受話器を取ると、メモ用紙を見ながらナンバーをプッシュしていく。
彼は息を潜めて俺の動きを見つめている。
「ルルルル…ルルルル…」
コール音が続く。
「もしもし……」
ようやく相手が出た。
作品名:茶房 クロッカス 最終編 作家名:ゆうか♪