茶房 クロッカス 最終編
瞬く間に季節は巡り、また新たな春がやってきた。
その日は気持ちよく晴れ渡った五月晴れだった。
「あぁ〜、いよいよ今日なんだなあ」
高く突き抜けるような朝の青空を見上げて、俺は思わず呟いた。
一年という歳月はこんなにも短かいものだったのか、結婚式の準備にあれこれ追われ、過ぎてしまうと本当にあっという間だった。
もうあと数時間後には結婚式を終え、俺と優子は晴れて夫婦になる。
言わば独身最後の時間を過ごしてるんだ。そう思うと感慨もひとしおだった。
式場として予約したホテルは、市内でも決して大きくはないが、ホテル内にチャペルが併設されており、ドレスを着て教会で式を挙げたいという沙耶ちゃんの希望に適っていたし、招待客の少ない俺にとっては、ちょうど手頃な披露宴会場もあった。
料金もそんなに高くなかったし、何よりダブルウェディングをやってくれる所は案外と少なくて、すべての条件を叶えてくれるのはそこだけだった。
衣装合わせや料理、演出をどうするか、そして招待客の席順など、打ち合わせることが本当にいっぱいで、俺は店を休むわけにはいかないので、もっぱら優子と沙耶ちゃんにそれらを任せ、俺は確認するだけだった。
それでも結婚ってこんなに大変なものなのかと、すべての段取りが終わった時には、ホッとすると同時に少々くたびれたと感じた。
優子と沙耶ちゃんは、それでも楽しんでいるように見えるから女はすごい!
結婚式の日が近づくに連れ、特にすることもなく待つだけの毎日は、気持ちだけが異常に高揚していき、夜もなかなか寝付けなかったりした。
そしていよいよ今日の日を迎えた。かなり緊張してるみたいで、自分でもおかしくなる。
家を出て、予定通りの時間にホテルに着くと、新郎控え室に行くように言われてその部屋へ行くと、俺の着付け係りの人がすでに式服を用意して待っていた。
挨拶を交わし、言われた通りに身に付けていくと、鏡の前には俺とは思えないようないい男が立っていた。アハハ……。それはちょっと言い過ぎか?
もしお袋がここにいて、この俺の姿を見たら何て言うだろう。
「悟郎、あなたもずいぶん立派になって……。馬子にも衣装って言うけど、本当に素敵に見えるわよ」と言って口をすぼめて笑う。
「お袋、それ誉め言葉になってないし……」
って俺が言うと、お袋がとどめの一言。
「だって悟郎……。お前がどんなに素敵でも、若い頃のお前のお父さんには敵わないわよ」
そう言って愉しそうに笑うんだ。
その光景が目の前に広がっていき、俺はおかしくなってフフフッと笑った。
そして、気付いた時には涙が一筋流れ落ちていた。
何の前触れもなく突然笑った俺を、着付け係りの人は怪しいものを見るように、一瞬だけだが侮蔑の視線を投げた。
気の弱い俺は、変に誤解されるのもイヤなので、今しがた想像した内容を話して聞かせた。
「まぁ、そうだったんですか。道理でねぇ。それにしてもそんなに仲のいいご夫婦って珍しいですよ。そんな親を持って幸せですねっ」
その人にそう言われて、なるほどそうかも……と思った俺は、改めて心の中で両親に礼を言った。
作品名:茶房 クロッカス 最終編 作家名:ゆうか♪