D.o.A. ep.17~33
Ep.33 逃走の果て
平原を、荒野を、丘陵を、山林を、街道を。
ライルをかかえ、ティルとリノンはひたすら逃げた。
ライルは、まだ目覚めない。
死んだように眠りつづけるので、もしやこのまま二度と目を開けないのではないかと、不安になる。
拳を突き入れた箇所をめくり上げて確かめると、少しだけ青くなっていた。
夜になると、寝ずの番を交代でし、神経をとがらせていた。
どこまで遠くへ行こうと、安心などできはしない。ガサリと茂みが鳴れば、即座に覚醒した。
そして明るくなれば、またできるだけ遠くへ。
「…いつまで荷物でいるつもりだ、これは」
少年の体を肩から下ろし、ティルは柳眉を寄せて溜息をつく。
意識のない人間というのは、バランスを自分でとるつもりがないので、存外に重い。
ライルの体重は彼よりもちろん軽いが、60キロをほぼ日中抱えつづけて走っていれば、相当な負担だ。
彼は一度も「重い」と不満を零したことはなかったが、表面上よりも疲労していると見た方がいいだろう。
「…ごめんなさい」
彼がこの逃亡の間に、初めて漏らした不平らしいものに、リノンは膝をかかえる。
思い返せば、有無を言わさぬ状況で、意識のないライルを押しつけ、この逃亡劇に連れこんだ。
彼があの時、一体本当はどうするつもりだったかは知らないが、もしかせずとも一人の方が身軽でよかったかもしれない。
今更のように罪悪感がわきあがってきて、かかえた膝に顔を埋めて小さくなった。
「…今更申し訳なさそうにされても、反応にこまる」
いつもするどい響きを帯び、一切の装飾をはぶいて話す彼の声に、珍しく困惑がのっている。
「それに…戦後のどさくさにまぎれて逃げるつもりだった。べつにあんたのせいで、俺の人生が狂ったとか、そういうことはない」
予定が早くなっただけだと、視線をそらす。
嘘ではないだろう。だが、それが慰めのように聞こえ、リノンは少しだけうれしかった。
「…ライはね、家族いないの」
そのせいだろうか。つい、雑談をしてみる気になった。
「10年前、いろいろあって、お父さんと、お母さんと、お姉ちゃんをなくしたの。お兄ちゃんもすぐあと行方不明になってね。
…なんでこんないい子なのに、あんな酷いことになったのかな。神様って意地悪い」
「…当人の善悪と、人生の幸不幸は、関係がない」
そうか、などという適当な相槌をうたれるかと思いきや、意外にも実感のこもった返答があった。
結構な期間を共に過ごしたが、ほとんどティルのことを知らない、と気づく。
今そこにいるのは、何を背負い、どういうことを考え生きてきたのか、まったく知らぬ男なのだ。
そんな彼を、顔見知りというだけで、よく巻き込めたものだと、心中あきれる。
「うん。それでね、ソードさんにひきとられるって話になった時も、やっと不幸が終わるだなんて思えなかった。
なんだか、利用しようとしてるんじゃないかって気がしてね。そういうの、なんとなくわかるの」
常識的に考えて、ただの孤児をひきとって、どう利用できるのか教えてほしいものだ。
と、何も知らなければ、疑念を一笑に付したに違いないが、“アライヴ”がいる以上、利用価値はあるのだろう、とわかる。
どうやって“アライヴ”を知ったのかはひとまずおいておき、とにかくソードは開けっ広げに見えて、隠し事がやたら多い。
「でも次第に変わっていったんだと思う。今のソードさんは、ライを自分の子供みたいに愛してくれてて…
私、それがわかってうれしくて、これからもライのことよろしくお願いしますね、って頼んだわ。
そしたらソードさん、こまった顔で笑いながら、それはきっとできないだろう、って言った」
「……?」
「ちかい将来、この国は戦渦におおわれる。勝つか負けるかはわからないが、おそらく傍にいて助けてやれる状況じゃなくなる。
だから、もしものことがあると判断したら、むりやりにでもライルを連れて逃げてほしい。むしろこっちが、よろしくお願いしたい」
―――この戦争が、あらかじめ予測されていたものだったと、ソードは告げたのだという。
まさか、ライルの身の上話から、そんな話に発展するとは予測できず、ティルは虚を突かれたように息をのんだ。
「だから、黒い空を見た時、すごく悪い予感がした。それで、どこにいるかもわからないのに、必死で走ったの。
こうして助けられて、よかった。 …あんたには、本当に、感謝してる。
言いたかったのはそれだけ。じゃあ、おやすみ」
それに気づかず、リノンは続きを語り、感謝の意を表してしめくくった。
だが、ティルとしてはそれに喜びを感じている心境ではない。むしろ、最後の感謝の言葉などは耳に入っていなかった。
ソードは何を知っていたのだろう。
あの明朗な巨漢が、ひどく不気味に感じられ、眠れぬ夜をすごした。
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作品名:D.o.A. ep.17~33 作家名:har