D.o.A. ep.17~33
動揺がはしる。
内陸へ入り込んだ軍団など知らない。
我が軍にけどられることなく王都へなど行けるはずがないではないか。
まるで予想外の事態に揺らぎかけたソードだったが、すぐにはたと思い至る。
なぜ自分が戻る必要がある。
こういった万が一のために、充分な予備兵力をハスカードのもとに温存させておいたのではないか。
「…王都にはまだ、第5軍がいる。そいつらでどうにかできるだろう」
「それが…第5軍は…」
と、伝令は言葉尻をわずかににごらせて、唇を噛む。
「…すでに、第1軍の劣勢を援けるべく、ほぼ投入されております。王都に残っている兵はわずかしかおりません」
住民を避難させ、残った兵で必死の防衛線を張っているが、打ち崩れさるのは時間の問題、と伝令はいう。
「第1軍?第1軍がなんだと?」
第1軍が劣勢であるらしいのはわかっていた。だが、どこまでひどい戦況なのかは知らない、部隊の一人が思わず問う。
「第1軍は、数日前にほぼ壊滅しております」
「…馬鹿な」
第1軍の兵力は他の軍団と比べて差などない。
いったい何をどうしたら壊滅などというひどい戦況におちいるのだろう。
ソードは焦燥のあまり、こぶしをにぎりしめた。
「ラドフォード元帥は、閣下のご判断にゆだねると申されております。閣下、どうか、はやくご決断を」
あせりに追い討ちをかけるように、伝令が悲鳴じみた声をはりあげる。
おそらくはじめの要求は、兵を割いてよこせというものだったのであろう。
だが、そんな余力など存在しない。
そこへいくとソードは、もともとこの戦場にいるはずのない人間である。
彼が百人力以上の戦力ならば、編成された部隊から兵をむりやり引き抜くより、彼一人を向かわせるほうが、はるかに面倒がない。
ラドフォードがこちらに判断をゆだねたのは、武成王に元帥が命令するという、軍隊秩序の乱れをおもんばかってのことだろうか。
なんにせよ迷っているヒマなどない。戦場を守って本営を見捨てるなど本末転倒だ。
王都がくずれることなどあってはならない。王都には国王や多くの民がいる。彼らこそ、軍隊という組織が国家に存在する理由だ。
そう、迷ってはならないはずだった。しかし、二つの相反した使命感が、ソードの判断をにぶらせる。
自分がいなくて、どうするのか…。
ソードが、同じ戦場に立ち戦うことを、勝利のゆるぎなき根拠として信じている兵たちを放って、とんぼ返りするなど…。
こめかみに冷や汗が流れる。
「ソードさん、行ってください」
そんな、躊躇に足もとが定まらない時、背中を押してくれる言葉があった。
存外に力強い、はっきりとした声音だった。
ソードは声の主に視点をあわせる。突破部隊に属する中で、もっとも年若い青年である。
「私は、ソードさんが“味方に”いれば、負けないと信じます。だからソードさんも、私たちを信じてほしい。
傍にいてしっかり支えていないと戦えないんじゃないか、なんて、疑わないでください。
…私たちは、そんなに情けなくなんかない。
―――武成王ソード=ウェリアンスひきいるロノア王国軍の、軍人です」
―――あなたの育てたロノアの軍は、みなあなたと同じように、大事な何かを守るために命をかけられる勇士でしょう。何も揺れることはないのです。
かつて妻が口にした言葉が、脳裡によみがえる。
自分は皆の信頼に応え、頼られようとするばかりで、彼らを信じることを忘れていたのではないか。
遅れまいと、他の兵たちも発奮するように、つぎつぎと前に出る。
「俺がいなくて大丈夫か、なんて心配がふきとぶくらい、暴れます!」
「閣下、…陛下や姫様を、人々を、救ってください。 こっちは、何とかしてみせますから」
こんなに、他人を頼もしく感じたことはいつぶりか。不意に視界がゆがんで、天をあおいだ。
「…すまん。許せ。きっとすぐ片付けて、戻るぞ」
作品名:D.o.A. ep.17~33 作家名:har