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D.o.A. ep.17~33

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敵船隊を確認したのは夕刻だったので、何時間も経った現在、ロノアとの距離は縮まっていた。
とはいっても、夜の航海は危険と判断したのか、日が落ちるとすぐ停止したらしく、さいわい戦いにはまだ間がありそうだった。

見たこともない旗を、マストにはためかせていたという。
具体的にいうと、黒紫赤の三色に染め上げられた布地に、金色の炎、羽、蛇が描かれていたらしい。
偵察船員が知らない国旗でも確認できるよう、資料は持たせていたのに、どれにも該当しなかった。
敵情を少しでもくわしく確認するべく、偵察船は果敢に近寄っていった。
ロノア王国海軍の多くの船は、部分的に金属――おもに鉄――をつかっていたが、基本的には木でできている。
ところが、敵船団はどう見ても、そろいもそろって鉄の群れであった。
偵察船がみじめになるほどの巨大さでありながら、見た目を裏切る快速で、ぐいぐいと波を切っていた。
勝てるのか、との不安が、圧倒された偵察船の誰しもにやどった。
さいわい気づかれることなく帰還できたが、もしかしたら気づかれていたものの見逃されたのかもしれない。
無事生きて帰れたことすら、敵の余裕を感じさせる不安に拍車をかける助けになってしまっていた。

司令長官のカイ=エンボリス大将は、就任早々の武成王ソードとともに、海軍増強に尽力した男である。
軍帽をいついかなるときも目深にかぶって、いかに想定外なことがおこっても、けっして取り乱すことがない。ただ淡々とそこにいる。
精力みなぎる観とは無縁だが、不思議と雰囲気が人の心を落ち着かせ、いつの間にか皆をまとめている。
派手な印象ではなく、人ごみに簡単にまぎれてしまえるような初老の男だが、軍を統御する上では実に稀有な才の持ち主だ。
大いに戦意をそぎかねぬ報告であろうと、いつわりを述べるわけにもいかず、偵察船員は不安げな表情を押し殺せぬままに敵情を報告した。
エンボリスは、内容に時折うなずきをかえし、以上です、と終わりが告げられると、顔を上げた。
「任務ごくろうさまでした」
「…は」
「さがってよいですよ」

そもそも強国と呼ばれる連中のほとんどは、海軍などそう大して気をくばらない。
陸地にまだまだ開拓できる部分が残されているので、国家として海へあえて戦いにとびだしていく必要がないからだ。
海には、凶悪な魔物が悠々となわばりをきかせている。
それを相手にしてこえて行くほど、海外の見知らぬ島に魅力を感じていなかったためでもあるだろう。
海軍は、陸軍のおまけのような肩身のせまいあつかいで、戦力をもった輸送手段にすぎない。
海軍に力を入れる理由をもつのは、四方海に囲まれた国だけであった。
そして競争相手がないため、隣接した国のない島国は、強国となれた例が少ないのである。ロノアは、不思議な国だった。
このような世であるから、無論、海戦とよびうる戦いが展開された例も少ない。
おそらくこの戦いは、史上初の大船隊と大船隊がぶつかりあう、凄絶なものとなるにちがいなかった。
想像しかできない世界が、じりじりと迫っている。
この人には、不安がないのか。
あっさりした、しかし丁寧なねぎらいだけがかけられたとき、視察船員は失礼ながら表情をまじまじと確かめたが、やはり一ミリの動きもない。
首をかしげる人に、はっと我にかえり、敬礼して部屋を後にする。
見送ってから、エンボリスはおもむろにイスから腰を上げて、窓の外の空を見上げる。
信じるように、祈るように、少しの間だけまぶたを下ろした。





すぐさま全船に、迎撃の準備が命じられた。
静かにただよっていただけの船隊は、にわかにあわただしさに満ちた。
選択肢は二つあった。どちらから来るのかわからず、長らく陸海司令部を大いになやませていた。
それが、ほぼあきらかになったといえる。
軍港の方角だ――――。
敵は大胆にも、集中砲火の危険を軽視して、ロノアの財を注いだ軍港をもぎとろうとしている。
あなどりきった態度への憤慨と、いままで影も形も定かでなかった敵についてわかったという安堵。
二つがかさなり、兵員の士気は目に見えて向上しつつあった。
たしかに偵察船ごときでは圧倒される偉容を誇っていたようだが、ロノア王国海軍誇る最強の船隊をもってすれば、おびえるにたらぬ。
むしろ、いまだかつてない大船隊同士がぶつかる、大海戦の予感も、士気の向上に一役買った。
海軍とはたとえ装備が申し分なくとも、陸軍とくらべ、「相手がいない」という不満が、少なからず皆にあったのである。
そのフラストレーションは、陸軍からの批難にも起因していた。いわく、
―――海軍は、最高の装備をあたえてもらっていながら、近海をうろうろするばかりで、ろくに役に立っていない。
簡潔にいえば、嫉妬である。
これに、さらに多少、納税者である国民からの白い視線も、くわわった。
批判は酷というものであったが、痛いところをついてもいた。
かといって、「役立たず」の汚名を返上する機会もなく、海軍の者たちはこんにちにいたるまで耐えしのんできた。
ゆえに、ここで大勝し撃退せしめれば、汚名返上どころか、みな救国の英雄としてむくわれるだろう。
意気軒昂には、そういった理由も存在していた。

「この親しんだ海を制するは我々である!何もおそれることはないッ!
怨敵にたとえ一歩たりとて我が国の土を踏ませぬ!不退転の決意を以って、総員死力を尽くせ!」
「アイアイサー!」

応、と、昂揚した叫びが、各船にてあがる。
甲板に出揃った船員らの、このような光景が見られるころには、空はやや白んできていた。


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作品名:D.o.A. ep.17~33 作家名:har