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D.o.A. ep.17~33

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ハメをはずしすぎた連中に適宜適切な対処をしつつ、焼イカをかじる。
「んーっ、おいしっ」

祭りの出店を食べ歩くのは、座って食べる食事とはちがったおもむきがある。
港町からの産地直送である。水槽で優雅に泳ぐイカをその場で調理していて鮮度抜群であった。
すさまじい倍率をくぐりぬけて、当たりクジはリノンのものとなった。
軍服着用の上、さすがに警備するものが酔っ払いでは何もならないので、飲酒は厳禁だったが、それ以外なら何をしようと自由だ。
天からのご褒美かもしれぬとリノンはおもっていた。
彼女は先日の解毒士資格試験に、みごと合格していたのである。
これで大手を振って、ひとさまに解毒術をほどこせるのだ。
射的で狙い落とした景品を片手に、祭りの夜を食い歩ける幸せをリノンはかみしめる。
ライルもいっしょだったらよかったのに、と残念だったので、せめて土産を持って帰ってやりたい。
ドーン、と、夜空に花が咲く。
「…たまや!」
一声発し、イカを胃に片付けると、歩き出す。
腹も十分満たされたので、最後は冷たくて甘いデザートを持って花火見物としゃれこもう。
レモンソーダの氷菓子を受け取ると、できるだけ遮蔽物や人のすくない場所へと移動する。

芝生の地面に腰を下ろして、氷菓子を口の中で溶かしつつ空を見上げていると、突如大きな影がそれをおおいかくした。
「よう。となりは空いてるかな」
「…!」
武成王のソード=ウェリアンスであった。思いもよらぬ相手に、リノンは絶句する。
軍に入れろと直談判しにいったとき以来ではなかろうか、こうして顔をつき合わせて会うのは。
「…ええ、どうぞ」
「さがしたぜ」
ヨッコイショ、と巨躯をおりまげて彼女のとなりを陣取る。
まわりの数少ない見物人はみな恋人たちばかりで、その上花火に夢中になっており、武成王に気づく者はない。
「こんばんは。おひさしぶりです」
「ああ。ずっと話したかった。でもなかなか機会がなくてな。今日はチャンスだとおもってた」
「そう、ですか」
氷菓子をがりがりとかみくだき、リノンは硬質な声で受け答えする。
人を和ますのがこの巨漢の一種の才能ではあるが、長年不信を懐いてきたリノンにかぎっては、その名残があって通じない。
ソードに対する心象はずいぶんとよくなったはずなのに、いまだどこか心を許しきれずにいた。
「…まるで、私にわざと当たりクジをひかせたみたいな言い方」
なんとなくそんなことだろうとはうすうす感じていたが、やはりソードはうなずき、
「実は仕掛けをしといてな…まあ、そんなことはどうでもいいか。その、なんだ。…いろいろ、大変だったな」
「もういいです、危うく毒で死にかけましたけど、すんだことです。相手も悪気があったわけじゃないし」
解毒術士の資格を取るきっかけにもなったとおもえば、まんざら悪いばかりの経験でもなかった。
ポジティブシンキングに生きるのがリノンの身上だ。
「報告書みせてもらったぞ。これを機に連中も、もっと協力的になってくれるとたすかるんだが」
隠れ里ではあったが、さすがにソードはあの樹海にエルフの集落が存在することを知っていたらしい。
そもそも、洞窟周囲で魔物が大量発生したことをいの一番に彼に報せたのが、ヴァリムの住人だという。
「ヴァリメタルって…結局、なんだったんでしょうね」
「ヴァリムに薬師の婆さんがいるが、あの人がいうには災いを予知する石だ、とさ」
「…なにか知ってるんですね」
この男は、だいたいそうだ。きっと何もかも、といわずともたいていの事情を知っていながら、どこか愚鈍なフリをしている。
教えてほしいとつめ寄ると、ソードはリノンをじっと見つめていたが、おもむろにその視線を空へ投げた。
「…出たらしいな」
同時に、バラの花のかたちを模した花火が宙に咲いた。
「らしいですね。でも私は…その場には、いなかったし」
「あのヴァリメタルって魔金属は、やつらの変化を察知して反応をしめすのさ」
「やつら…って。“アライヴ”と?」

「―――デッド、さ」

ソードは一瞬、憎むように奥歯をきしませるが、リノンは気づかずにいた。
「一度目は10年と少し前だった」
10年前。
苦味しかない記憶をよびおこす。
たしか、雨上がりの夜だったろう。青白い満月が、きれいな夜。まさか、あんな―――
(アタマが、いたい)
「あの日に起こったことを、今あえて確認する気はない。とにかく、あの石は二人を待ってたのさ。ずっと、ずっと昔から、このトータスで」
「その二人がどこの何者かなんて、私、どうでもいいわ。ただ、教えてほしいんです」
大事な人を守るためならば、みずからが傷つくこともいとわない少年の、暗澹たる未来に思いを馳せる。
「…“アライヴ”は、これからもあの子を、ライを、不幸にするの?」
「それは…」
ライルは、産まれおちたときからすでに「アライヴ」と共にある。
ライルを完璧に被害者と見なし、「アライヴ」がライルを不幸にしている、と決めつけてしまえるほど単純な関係ではない。
そして彼らの複雑にからみあう運命の結果が、幸福となるか不幸となるかは、ソードにもわからなかった。
「…なあ、頼みがある」
「なんです」
「これから、戦いがはじまる。運命の戦いだ。下手をすれば、この国は…どうなるか、想像もしたくない。
きっと、犠牲が大きければ大きいほど、ライルはそいつらと運命を共にしたがる。みんなといっしょに戦って、死にたいと望むにきまっている。
どうか、それを止めてくれ。ライルを…死なせないでくれ」
(この人は、ほんとうに)
ライル=レオグリットという少年が大切なのだ。
リノンはあらためて確信する。
その間柄は、弟子と師匠であり、子と父であり、―――希望の象徴と、それに救いをもとめる者であろう。
無償の愛と打算の期待が入り混じった感情を、ソードは言外に吐露し、リノンに頭を下げる。
武成王ともあろう丈夫が、いまや末端の末端の部下となった小娘に、だ。
その願いを、ことわることなどできるはずはない。
「…いわれなくとも」
リノンは、憮然とした顔をあえてつくる。
「知らなかったんですか?私だって、あの子が大事なのよ。死ににたがってもゆるす気なんか、毛ほどもありません」
絶対に、という気持ちを目にこめて、彼女はきっぱりと口にした。
(彼女が、いてくれてよかった)
そっと、心の中だけでつぶやく。
ライルは不運だが、彼女がいるかぎり、けっして不幸にはなるまい。
どれほどうちのめされても、彼女が支えとなって傍らにあってくれたら、ライルは生き抜いてくれるであろう。
ソードの中で、うちに眠る強大な魔人と、無力でも優しい少年の比重が逆転したのは、いつからだったのだろうか。
愛がゆえに死んでもかまわぬなどという覚悟が、生まれつきの戦士であるおのれに芽生える破目になろうとは。
苦笑が浮かぶ。けれど、後悔はかけらもない。
「…これで安心して、―――」
無意識にこぼれた安堵の言葉は、花火の音に消された。だから、自分でもなんと言ったのか、ついぞわからない。

あざやかに咲いては、いさぎよいまでに散る夜の華に、己を投影する。
最後の大仕事、一花大きく咲かせられるなら、悔いはのこらない、と。


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作品名:D.o.A. ep.17~33 作家名:har