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杉が怒った

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木のベンチとテーブルのセットが四組ほど並んでいるが、中年の女性二人がいるだけだった。登る時にも感じたが、やはり女性はひっきりなしに喋っている。離れた所で昼食をとりはじめてしばらくたった頃、女性の一人が何か挨拶をしてから上に向かった。どうやら他人だったようだ。それを見て、豊田は女性と子供は、初めてあった人と簡単にコミュニケーションがとれるのだなあと感心してしまった。

昼食を終えて空を見た。未だ裸樹の太い枝から細い枝、さらに細くなったゆく枝の向こうに白い雲がゆっくりと流れている。豊田はさてこれからどちらの方向を歩こうかと考える。その考えを宙ぶらりんにしたまま歩き出す。とりあえずは、尾根伝いにある道を歩くか、下山するかの選択肢しかない。まだ時間はある。豊田は尾根道を歩き出した。

軽いアップダウンの道をしばらく歩いて、豊田の足は下方に向かう細い道を選んだ。杉の林が続く面白味のない道であることは知っていたが、その先にある沢に沿った道を歩いてみたいと思ったのだ。さすがに誰も歩いていない。やがて大きな人工的な風景が見えてきた。すでにある道路が慢性の渋滞が続いており、数年前に拡張の計画が発表された。すぐさま、景観と自然破壊の点から反対運動が起こった。その切実な反対運動の重要な意見を聞かず、国と東京都は、この計画の有効性・重要性があると押し切り工事が始まっていた。

切り倒された杉の木が戦場での大量虐殺の死体にも見える。馬鹿でかいクレーンと、ばか高い橋梁だと思えるコンクリートの塊。日曜は工事をしていないせいか音を出してはいないが、心騒がせるような景観だった。

豊田は眼が痒くなって、杉の木を見上げる。かなり多くの杉の花をつけた房が見える。黄色の花粉も出ている。かなり軽い花粉は広範囲に飛び散る筈である。(もう、黄色になっている)
そう思いながら見ていた豊田は、黄色だけじゃなくその先が赤くなっている房が一つあるのに気が付いた。こんな杉の花の色は見たことが無かった。あの赤い色は花粉なのだろうか。茶色がかった赤なら枯れた色かなと思うが、毒キノコのような禍々しい赤色だった。豊田は、別の房も見る。普通の色だった。赤い色の房は突然変異なのだろうか。風が吹いてきて、頭が重く不快な気分がしてきた。豊田は本能的に危険を感じながら、早足になって下山した。



作品名:杉が怒った 作家名:伊達梁川