表と裏の狭間には 最終話―エンディング―
確かに、あの女の言う事は正しい。
俺には人を撃つことなど、出来なかった。
人を撃つことに対する抵抗感、嫌悪感、恐怖感があった。
レンの前で人を傷つけたくない、レンに嫌われたくないなんて思いも、あった。
俺には、一般市民の良識と常識と、感情があった。
だが、しかし。
今回もそうやって余裕を見せているなら、桜沢美雪を殺す事は容易いだろう。
何故なら。
今この場には、レンは居らず。
今の俺には、一般市民の感情なんて、欠片もない。
殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す!
なんとしても、桜沢美雪を、この手で殺す。
そして、皆で家に帰る。
俺は、もう一度弾倉を確認すると、銃弾をリロードする。
バトル物のアニメや漫画などで、主人公がラスボスと相対するシーンがある。
そこでは、主人公の長い回想があったり、ラスボスの思想が語られたり、主人公とラスボスが延々と言い合ったりすることが常だ。
つまり、物語の幕引きとして、必要なものを全て揃えるために、そういった長々とした前振りが必要となるのだ。
だが、俺の場合はそうじゃない。
殺したい奴を見つけたら、殺す。
奴の思想など、理想など、言葉など、興味はないのだ。
ただ、復讐を果たすのみ。
会話を交わす理由など、一つもないのだ。
罵るなら、死体を罵ればいい。
つまり。
壁の隠し扉から出てきた桜沢美雪が、こちらに気付く直前のタイミングで、俺は無言で銃口をそいつに向け、引き金を引いた。
銃口から放たれる爆音、銃弾。
それは真っ直ぐに飛んで、桜沢美雪の腹に着弾した。
「きゃぁあぁっ!」
そんな悲鳴をあげて、床に転がる桜沢美雪。
銃口をそちらへ向けると、更に引き金を引く。
バス、バス、バス、と鈍い音がし、その数だけ肉体に穴が穿たれる。
その数だけ赤い血飛沫が噴き出す。
その数だけ。
その数だけ、心の中にある何かが砕けて行く。
「…………は、はは、ははは、はははは……………あはははははははははははははっ!!」
気がつくと、俺は笑っていた。
何故だろう。
気分が高ぶる。
高揚する。
とても、この上なく、
気持ちいい!
「ぐっ………柊、しお………!」
桜沢美雪は、最後まで言葉を話せなかった。
その口に、銃弾が当たったのだ。
拳銃の弾が尽きると、俺は武器を短機関銃に持ち替え、引き金を引いた。
「ははははは!あははははははははっ!!あははははははははははははははは!!!」
ババババババババ!という連射音の数だけ、桜沢美雪の体に風穴が開く。
客船の壁に、真っ赤なモノが付着する。
最早何色ともつかない、ニクのカタマリが、通路の壁をウツクシク染め上げる。
桜沢美雪の肉体は、残弾が半分を切ったあたりで原型を留めなくなった。
「あはははっはははははははははははははあはははははははははは!!」
それでも、俺は引き金を緩めない。
やがて、残弾が尽きると。
そこにニンゲンは倒れておらず。
ただ、血と肉に染まったゲイジュツがあるのみだった。
銃声。
崩れて行く足。
低くなる視界。
脇腹の鈍い痛み。
痛みは強くなる。
思考がバラバラになる。
体から抜けて行く力。
急速な眠気。
ぬるりとした感覚。
赤く染まった手。
「………嘘だろ?」
死ぬのか?
いや、死にはしない。
ただ、少し眠るだけだ。
……………誰だ?
俺のすぐそばに、誰かが立っている。
敵か?応戦しなければ。
どうやって?
体は動かない。瞼もほとんど閉じている。
今、撃たれたら。
こんなところで、死ぬのか?
俺は、死ぬわけにはいかないのに。
家に、帰らなくちゃ……。
あいつらが、待ってるんだから……。
その日の夜。
東京湾で、ある客船が、自衛隊の強襲部隊の襲撃を受け、沈没した。
後の公式発表によると、『客船はテロリストの拠点となっており、公安との協議の結果、やむを得ず爆破、沈没させた』とのことだ。
そして、事件発生の翌々日。
各所の抗争は鎮圧され、関係者は全員逮捕、あるいは死亡した。
政府は、これを正式に『同時多発テロ』と認め、日本全土を震撼させた。
そして、二つの組織の資料によって、今まで巧妙に隠されていた、麻薬等の密売ルートが明らかになった。
更に、政治家と暴力団の繋がりも、日の目を見ることとなった。
これにより、警察はにわかに活気付き、政界は大混乱に陥る。
最終的には、内閣総辞職にまでもつれ込んだ。
そのような未曾有の大混乱の中。
関係者に惜しまれながら、警視総監が、辞職した。
あるところに、二人の少女がいる。
日本全国が混乱している中、彼女らは、一心不乱に家族の帰りを待っている。
彼女らが、家族と再会する日は来るのだろうか。
それは、誰にも分からない。
The end…
作品名:表と裏の狭間には 最終話―エンディング― 作家名:零崎