表と裏の狭間には 最終話―エンディング―
「テメェ、何でそんなことをわざわざバラす?隠しておいて一網打尽にすりゃいい話だろうが。」
「……俺は大人だ。大人は、子供の手本になるべきだろ?」
二人の少年少女は、客船の中を歩いていた。
「静かなの。」
「そうっすね。」
星砂兄妹である。
ゆりに別行動を指示された彼らは、当然の流れでペアを組んで移動することにした。
「ゆり、大丈夫っすかねー。」
「ゆりなら大丈夫なの。」
一応敵の探索などもしつつ、のんびりと歩き回る二人。
一応、持てるだけの弾薬も所持しているし、様々な武装もしている。
「兄様、そういえばだけど。」
「ん?何すか?」
「答え、出たの?」
「答え、っすか?」
「いつか言ったよね。私はお兄が好きだって。その答え、聞いてないよ。」
「…………そうだな。」
二人とも、いつものおちゃらけた口調を消し、真面目な会話を始める。
「私はお兄が好きだよ。」
「僕も同じだよ。」
輝の答えは、かなりあっさりしたものだった。
「立ちながら話すことじゃないね。」
手近な客室の扉を開き、一応の安全を確認した後、部屋に入った。
客室は家族用らしく、広々とした室内にソファが置いてある。
そこに二人、並んで腰掛けた。
「…………シスコンだね。」
「自覚はある。仕方のないことだ。」
「犯罪者。」
「いや、シスコン自体は犯罪じゃないし。というか、人のこと言えた義理じゃないだろう。耀。」
「うん。自覚はあるよ。」
「あれからずっと、どうにか回避出来ないか考えてはいたんだけどね。無理だね。」
「へぇ。」
「昔から、再会したあの時から、ずっとずっとずっとずっと、僕はどうにかならないか考えてきていた。」
「どうにか?」
「妹を愛さずに済むようにするには、どうすればいいのかね。」
「そうなんだ。」
「まあ、社会的に褒められたものではないだろ?実の妹を愛するなど。」
「常識だね。」
「だけど、無理だわ。」
「どうして?」
「お前がいないとダメだ。前にお前が誘拐されたときは、こっちが死ぬかと思った。離れて生きるなんて不可能だ。だからもう、普通に生きることは諦めた。誰に後ろ指を差されようと、僕はお前を愛して生きる。」
「私は最初から変わらないよ。」
「そうか。じゃあ……。」
二人は気付いていた。
この客室へ迫る足音に。
武器を取り、弾丸を確認する。
次に、予備の弾丸も確認する。
二人、互いを見据え合い、頷く。
「まずは、二人で生きて戻ることっすね。」
「絶対に戻るの。兄様と二人で生きて行くために。」
「こりゃ、大歓迎された系?」
「……そういうことになる。」
激しい銃撃戦。
銃火器による鉛の塊の応酬。
客船の綺麗に設えられた壁に次々と弾痕が刻まれていく。
階層を移動する階段の、踊り場の部分を拠点として、二人は戦っている。
「チッ、次から次へと!」
敵の人数も次から次へと増えて行く。
まるで二人の動向を予め読んでいたかのようだ。
「礼慈、後ろ警戒してくれる!?あと弾丸を装填して!」
「了解。」
理子が主に攻撃を担当し、礼慈は弾丸の交換を担当する。
撃ちきった銃は後ろに捨て、すぐに別の銃に持ち替える。
そして、捨てた銃の弾丸を、礼慈が入れ替えるのだ。
「……理子、上から気配。」
「チッ、下層に移動するよ!」
「……了解。」
礼慈はすぐに荷物をまとめ始める。
理子もマシンガンを放ちながら、次第に下がり、階段を一気に駆け下りる。
そのまま廊下をダッシュで移動する。
「どうする!?あちらさんの後ろを突くかい!?」
「……敵も下層に向かっていると考えるのが順当。階段を放棄してしまった以上、どこかに隠れたほうがいい。」
そう言うと礼慈は扉を適当に開いて放置する。
同じように、理子も走りながら適当な扉を開け放つ。
「どうすんのさ!?」
「……開けた扉のどれかに隠れる。」
「それでどうすんのさ。」
「……あからさまな罠と思わせて罠を仕掛ける。罠の疑いがある場所の捜索は後回しにされるはず。時間を稼いで準備して、確固撃破。」
「んー、それで行こうか。」
適当な部屋に入った二人は、そのまま地雷を設置する。
武器庫にあったものを持ち出しておいたのだ。
何に使うか迷っていたが、こういう時には役に立つだろう。
「いや待って。どこが静かに確固撃破なんだよ。」
「……それもそうだ。」
敵はまだ上でもたついているらしい。
やがて、室内は静寂に包まれた。
その段階になって、二人の荒れた呼吸音が聞こえるようになる。
「はぁ………はぁ……………っ、はぁ。」
「……………っ………はぁ。」
二人、壁に寄りかかり、尻餅をつく。
武器を抱えての全力疾走は、やはり辛いのだ。
「………っはぁ、礼慈………。」
「…………!?」
突然、理子が礼慈の口を塞いだ。
「……突然何を。」
「最近、わっちはえちぃことをよくやるってのを忘れてるでしょ。忘れちゃだめだよ。あっさりされちゃうなんて、気が緩んでる証拠。もっと気を引き締めなよ。」
「……分かってる。」
疲労と恐怖で、彼ら二人の集中力は、既に限界に達していた。
彼らだって、怖いのだ。
死。
その恐怖は、普段から慣れている彼らでさえも震えさせる。
「………礼慈、わっちにも、してよ。」
「……………。」
間を置かず、礼慈も理子の要望に応えた。
「………うん、もう、大丈夫、かな。」
「……無理をするな。」
礼慈は、相変わらず淡々とした言葉で話す。
今しがた、二度も口付けを交わしたとは思えないほどに淡々と。
「あんた、わっちのことどう思ってるのよ。ひょっとして意識してないの?」
「……意識していなかったら、守る理由もない。」
ガシャッ!と、銃弾をリロードする。
「ぼくがずっとお前を守ってきた理由、本当に分からないのか?だとしたら失望したと言わざるを得ない。ましてや意識していないなど。論外にも限度がある。ぼくは自身の恋路について、一度考え直すべきなのかもしれない。」
「……………意地悪を言ったね。本当は分かってるんだよ。」
足跡が近づいてくる。
それも、左右両方から。
数は、先ほどよりも増えている。
足音が重くなっていることから、武装も大幅に強化されたのだろう。
時間がかかったのはそのためか。
「最低でも、お前だけは生きて帰す。だから、そこで休んでろ。」
礼慈は立ち上がり、扉のすぐ脇に寄る。
理子は、その姿を見て。
「やっぱり、わっちは馬鹿だったんだねぇ。」
「今に始まったことか。」
「流暢になってきたね。今更興奮してきたかい?」
「茶化すな。気が散る。」
「そうだね。ま、興奮したならしたで、わっちは問題ないよ。むしろ嬉しいくらい。」
「煽るな。」
「別にいいだろ?礼慈は一応男なんだし。」
「一応って………。」
「ま、あれもそれも込みで、まずは生還ありきの話だけどね。」
理子も立ち上がり、銃弾をリロードする。
「死ぬときは、一緒だよ。」
「当然のことだ。」
階段を上って現れる敵の頭が見えた瞬間、オレは階段へ向かってRPG-7を撃ち込んだ。
瞬間、敵ごと爆風で吹き飛ぶ階段。
階下がにわかに騒がしくなったのが分かった。
その隙に、RPG-7に新たな弾頭を装填する。
オレが持ち込んだのは、通り一遍の銃火器などではない。
作品名:表と裏の狭間には 最終話―エンディング― 作家名:零崎