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松橋オリザ
松橋オリザ
novelistID. 31570
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立ち読み版 白い猫の追憶

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 プライドを煽り、鼓舞する編集長のカリスマ性に、市ノ瀬はじめ、女性達ははまりこんでいるようだった。
 そんな彼女らをいっそうかりたてたのは、編集長の次の言葉だ。
「候補を指導して、新人賞にまで導いた者には僕からも、金一封を用意するつもりでいる」
「えーっ! 編集長、太っ腹!」
 座が最高に盛り上がったところで、編集長はあたかも戦国武将が小姓を侍らせるように、市ノ瀬青年を隣りに坐らせ、ビールで乾杯の音頭をとる。
 そんな、エキセントリック浪漫社の忘年会は大いに盛り上がっているように見えた。




「次、阿南だ」
 いつのまにか、自分の番が回ってきていたことにも気づかなかった。
「目標なんて大げさなもんじゃないけど、やっぱり恋人欲しいです」
「そういや、阿南ももう三十だな。あまり高望みすると、いつまでたっても見つからないぞ。結婚は割り切りだからな」
 独身生活を楽しんでいるとでも思いこんでいるのだろうか。社長は酒が入ったせいもあり、自分は三十才の時にはすでに父親だったと、高いトーンで一席ぶちあげる。
「男は所帯をもって一人前だ。さっさと年貢を納めることだな」
 結婚など、みじんも考えてはいない。
 社員らに「無駄に整った容貌」と、言われる阿南は合コンなどで、交際に発展することもまま、あった。にもかかわらず、長続きしたためしがないのだ。
 学生時代からまるきり女心が読めず、相手が何を考えているのかがわからないのだから、おのずと破局が訪れるのも道理だろう。
 因みに、最近別れた女性から阿南が食らった捨てゼリフ。それは「さわやかそうなのと、淡泊なのと、混同していたような気がするわ」……と、いうものだったが。
午後十一時、阿南らが店で解散し、襖を開けた時には、エキセントリック浪漫社の一行はすでに姿を消したあとだった。




 街のイルミネーションが真昼のように明るく、カップルでごった返すクリスマスイブ。ほろ酔いで自宅アパートをめざす阿南がガード下までやって来た時だ。
 通行人がざわめきながら、街路樹の植え込みに集まっている。それにつられのぞき込むと、人の輪の中に段ボール箱が一つ。その中で、やっと眼があいたぐらいの白い一匹の子猫が寒空に訴えるように、必死に鳴いていた。



   可愛がってあげてください



 箱のフタにあたる部分にはマジックインキで、こう走り書きがされていた。
 次に、阿南はその猫を愛おしげに抱きあげる青年を見て驚いた。
 あの青年だったからだ。さっき出会ったばかりの、あの市ノ瀬だ。
 市ノ瀬は「飼ってあげて……」と見物人、一人一人に哀願しているのだが、みな残念そうに首を振ると、そそくさと立ち去っていく。
 そんな中、ややこしいことになる前に立ち去ろうと、阿南がマフラーを口もとまで引き上げたときだ。
「あなたはさっき……」
「え?」
 市ノ瀬は居酒屋での阿南の存在に気付いていたのだ。
 家がマンションなので、ペットは飼えないのだと話す市ノ瀬はニット帽をかぶっているせいだろうか。寒さでばら色に染まった鼻の頭とほっぺたが少年のように初々しい。
「もし飼い主が見つからなかったら、心配で家に帰れない……」
 一心の期待を込めたような瞳で見つめて来る市ノ瀬に、そこまで捨て猫を思う理由が、阿南には理解できなかった。だが、気づけば、阿南が現れた頃から、子猫はピタリと鳴き止んでいる。
「猫と相性がいいのかもしれませんね」
 阿南は特に、動物好きと言う訳ではないから不思議だったが、「抱いてみて下さい」と言われ、おそるおそる腕を伸ばす。
 話を聞くだけ聞いてやり、やはり無理だからと断るくらいの方が大人の行動なのではないかと、変な処世術から手をのばしてしまったのだが……。
 どうだろう。子猫はすでに阿南を主人と決めたように胸の中で目を閉じ、再び箱に戻そうとしても、激しく爪を立て、腕の中から離れようとしない。
「困ったな」
「お住まい、マンションですか? ペット、ダメですか?」
 安アパートの阿南の住まいは一応、ペット禁止とはなってはいるが、隠れて飼っている住人も多い。 
「禁止……ではないみたいだけどね」
 どんな言葉も聞き漏らすまいと見つめる彼の目。阿南がしまったと思ったときには遅かった。
「そ、それなら……」
 みるみるうちに青年の顔に希望の明かりがともる。
(ヤバ)
「よかったあ。今夜は安心して家に帰れそうです」
 引き受けるといったわけでもないのに、彼のまばゆさは辺り一面を灯台のように照らしだし、今更断りにくい空気が漂う。
 そんな阿南を子ネコが幸せそうに見上げたかと思うと、再び安心したように目を閉じた。
「いやあ、親切な人が現れてよかったねえ。お若いの」
「世の中、捨てたもんじゃないな」
「捨てる神あれば拾う神ありって、このことね」
 取り囲んだ連中からも安堵の声が沸き、今、阿南はとてつもないほど、いい人に祭り上げられている。
「ちょっと待っててください」
 こう言って、目の前にあるコンビニに駆け込んで行く市ノ瀬を、日本語のあいまいさにとまどいながら目で追う。
 やがて、彼がせかせかと買い物を済ませて出てきた時には、いつのまにか人垣はすっかり消えていて、二人だけになっていた。
「買い占めちゃった。こんなことしか、できなくて……。このコをよろしくお願いします」
 差し出したのは缶詰のキャットフード、おつまみ用めざし、そして鰹削りのパックなどが詰め込まれたレジ袋。そんなのを見せつけられたら、もう腹をくくるしかない。
「箱のままじゃ、運びにくいと思って。これに……」
 一緒に手渡された紙製の袋。阿南はその底に首からはずしたマフラーを敷いて、猫を静かに横たえた。
「カシミヤじゃないですか。いいんですか?」
 それを見た市ノ瀬が目を丸くする。
「かまわないよ」
 惜しくはない。どうせ、別れた女からもらったものだし、生まれたばかりは体温調節が難しいと言うことは、ほ乳類の宿命だ。
「あと二ヶ月もすれば、体重が倍ぐらいになるそうですよ。さっき、通りがかりの人から聞いたんです。そのころになったら、もう一度見てみたいな。写メ、送っていただけますか?」
 市ノ瀬のそのキラキラした瞳に吸い込まれそうだ。すでに彼は胸ポケットから携帯を取り出していたが、阿南はそれを断った。単に面倒だったからだが。
「大丈夫だよ。可愛がるから安心して」
「僕は市ノ瀬……」
「ハルヒコだろ。さっき店で聞こえてた」 
「え、あ……。ハルは暖冬のダンです」 
 安堵と感謝が混じったような、さわやかな照れ笑い。
 「お名前だけでも教えて下さい」と乞われて告げた名を「阿南……阿南さん、ですね?」と、感慨深げに反芻している。
 そんな暖彦の熱い視線を背中に受けて、おもちゃの兵隊みたいにぎくしゃくと家路を辿る。下げた袋に命の重みを感じながら。




 それから二ヶ月。一年で、もっとも忙しい春の引っ越しシーズンが今年もめぐってきた。