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幽霊屋敷の少年は霞んで消えて

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不思議の国―ワンダーランド


霞くんの部屋は六畳二間の和室タイプで、ワリとふつうの部屋だった。
もうちょっと、ぶっ飛んだワンダーランドな部屋かと思ってたけど……なんかちょっと興ざめしちゃったかな。
そりゃ、女物の道具が置いてあったり、漫画が部屋のいろんなところに放り投げられてるのはふつうの人から見れば、驚くべき光景かもしれないけど、今のわたしには大して衝撃的でもなんでもなかった。
うん、だって誰がやってるのかわかってるもん。
犯人はきっと、霞くんの別人格……レイカちゃんやケンタくんなんだ。
あっ、そうそうもう一つ発見があったんだ。
やっと霞くんの名前の漢字がわかったんだよ。
部屋の前のナンバープレートに書いてあったのさ。
暮宮霞と書いて、クレミヤ・カスミと読ませるらしい。
……まあ、読めなくはないけどさ……。
まあ、とにかく一つの謎は消化出来たんだから良しとしようか。
「ねぇ、それでどうよ?オイラたちのお部屋はさ」
ケンちゃんが落ち着かない様子で聞いてくる。
まあ、そりゃ自分の部屋を他人に見られてるんだもんね。
「うん。結構良いと思うよ。でもただ……」
わたしは部屋中に放り投げられている漫画本を見回して苦笑する。
「もうちょっと、漫画は片づけた方が良いかなぁ」
わたしが言うと、ケンちゃんも自分で自覚してはいるのか苦笑しながらボリボリと頭を掻いた。
「そうなんだよなぁ。良く、霞たちにも言われるよ。もっと私物の管理はしろってさ。……でも、これが案外直らないもんなのよね。生きてる頃からそうだったしさ」

……ちょっと待ってよ。
最後にケンちゃんなんて言った?
“生きてる頃からそうだったしさ”。うんたしかにそう言った。
じゃあ……つまりどういうことだ?
すでにケンちゃん……いや霞くんは死んでいる?それはつまり霞くんは幽霊ということで……。
……うん、おかしなことじゃない。だってここは幽霊屋敷……幽霊がいても何らおかしいことはない。
でも、単なる冗談だって可能性もあるんじゃないか?
ノリの軽いケンちゃんの発言だもん。きっと深い意味はないさ……でも、本当に?

「ねぇ……生きてる頃からってどういう意味?」
わたしはさりげなく尋ねてみた。
それとなく……ただちょっと気になっただけという感じで。
でも、その瞬間ケンちゃんの表情が凍りついた。
なんと、答えようか迷っている様子で目を白黒させている。
部屋に気味の悪い沈黙が流れた。
……ひょっとして、わたしは聞いちゃいけないことを聞いてしまったんじゃないか?
しかし、いまさら後悔しても遅い。
ケンちゃんは視線を落としたまま“いなくなって”しまった。
再び霞くんの髪飾りが点滅を始める。
グルグルと目まぐるしく変わる髪飾りの色。
その光のダンスは最終的に色を緑色へと変えて、フィナーレを迎えた。
緑……霞くんのお帰りだ。
やった!お帰り!イェ〜イ!パフパフゥ〜☆
……じゃなくて、そう今はシリアスな雰囲気なんだ。落ち着け……落ち着くんだわたし。
お座り。お手。おかわり。良し、落ち着いた。良い子良い子。帰りにご褒美買って帰ろ。
「……フゥ」
霞くんがため息をつきながら、呆れたようにわたしを見つめた。
はい、俗に言うジト目ですね。……地味に怖いです。
「おじさんは、本当に人のプライバシーを侵すのが好きだね」
霞くんの言葉の中に込められた、鋭い刃。
それがわたしの心を抉る……もう抉って、抉って抉りまくりです。
でもね、それがわたしの仕事なのだからしょうがない!
えっ?最低なヤツだって?どうも、お褒めの言葉ありがとう。
霞くんは部屋の中央に置かれた小さなちゃぶ台の前のこれまた小さな座布団の上に座った。
そこから、わたしをじっと見つめる。
「……ごめん」
わたしは頭を下げる。
それと同時に重々しい気持ちが胸の中を駆け巡る。
たしかに、わたしはおいしいネタを手に入れられてラッキーかもしれない。
でも、彼は違うのだ。人に知られたくないヒミツを知られて、きっととても複雑な気持ちなのだ。
多重人格だなんてこと、人に知られてうれしいことじゃない。
途端に、申し訳なくなってきた。
……でも反省はしてない。テヘッ☆
霞くん……君にはまだまだいろいろと喋ってもらうよ。
わたしの小説のネタにするためにね。くくくくっ。
さて……男好きで淫乱な女、レイカ。能天気でハイテンションなケンタ。……そして無愛想なホスト人格(たぶん)である霞……。さてさて、ほかにはどんな不思議な人格たちがいるのかな。
早くそれを知りたくて、胸がウズウズする。
悪く思わないでくれよ、霞くん。これも仕事のためなのさ。ふっはっはっはっは!
……と、悪役を気取ってみるが、実に気難しい雰囲気だ。
さて、どうしようか。
わたしが彼のプライバシーを傷つけたのは明らかだ。だから一応謝罪の言葉を口にしたが……許してくれるかな?
「……」
霞くんはしばらくわたしを黙って見つめていた。
……そして、それから不意に、ふっと笑う。
「許すよ」
「ふぇっ?」
わたしは、今、霞くんがなんと言ったのかわからなかった。
いや、本当は聞こえていたけど……、でも本当に霞くんがこんなにも簡単に許してくれるとは思わなかったんだもの。
なかなか、言葉の意味を呑み込めないでいるわたしを見て、霞くんはじれったそうに言った。
「だから、許すって言ってんの。おじさん理解力なさすぎ」
相変わらずな、無愛想でどこか小馬鹿にしたような口調。
でも、今のわたしにはその言葉がとても優しくて、どこか暖かい物に聞こえた。
……でも、どうして許してくれたんだろう。
そんなわたしの疑問に答えるかのように霞くんは言った。
「あんまりココを訪れる人もいないしさ、たまにはこういうのも良いかもって思ったんだよね」
そう言って、霞くんはさびしげに笑った。
まあ、たしかに彼の気持ちも分かる。
ここは、周囲からは幽霊屋敷と呼ばれているんだ。わたしのような物好き以外は、ここを訪れようという気持ちにはあまりならないだろう。
だって、ここにはこの世ならざるモノが棲んでいる。まさに幽霊屋敷。
きっと霞くんもそんな幽霊たちの中の一人なのだろう。
……まあ、雑誌取ってたけどさ。
そんな、私の考えを見透かしたかのように霞くんはふっ、と笑った。
「おじさん、今ぼくのこと幽霊かなんかだと思ったでしょ」
ギクリ。
霞くんて以外に鋭いのね……。
はっ、もしかして『心の目』いうやつか?霞くんは超能力者なのか!?そうなのか!?
そんな私の考えを見透かしたように、霞くんはまたもや笑う。
「あははっ。おじさん、なんか変なこと考えてない?たとえば……ぼくが超能力者だとか」
ギクギクッ!
まさか本当に……。
私は反射的に身構えた。
相手は恐ろしい超能力者だ……油断は出来ない!
しかし、霞くんはやはりわたしを見て笑う。
「おじさんは本当に面白いなぁ。ひょっとして、ぼくの言ったこと当たってた?」
「……違うとでも言うつもりかい」
わたしの言葉を聞いて、霞くんはとんてもない!とでも言うように手を顔の前で交差させた。
「まっさかぁ。違うよ。ぼくはそんなすごい存在じゃないって」
「じゃあ、なんでわたしの考えが?」