恋色季節
キュ・・・
蛇口を捻る音が人気のない辺りに響く。
「ふぃー・・・死ぬかと思ったあーっ」
ハンカチで水気をとり、そのまま入学式場である体育館に向かおうとする。
「アンタ、連れてきてもらってお礼も言えないの?」
トイレ前の壁に背を預け、不機嫌極まりない表情で紗希を睨む。
冷静さを取り戻した紗希は今までの行為を振り返り居たたまれなくなった。
「あっ・・・ありがとねっ!!」
恥ずかしさを隠すように精一杯の笑顔で感謝の意を伝える。
「別に。」
素っ気なく返す彼になぜか苛立ちを感じなかった。
そして、思い出したかのように紗希は口を開いた。
「ねぇっ!1年生だよね?!名前なんてゆうの?
お礼がしたいからっ」
そう言って、にっこり微笑みながら彼に問う。
「へぇ、お礼してくれるんだ?」
突然口角を吊り上げ、小悪魔のようにほくそ笑む。
当たり前じゃん!と笑顔を振り撒く紗希。
「中村理央・・・あんたは?」
「二宮紗希だよ! お礼は何がいい?」
自己紹介を終え、本題を取り出す。
「じゃあ、あんた俺の奴隷ね」
私の中の中村君のイメージが破壊された瞬間でした。
「はぁ・・・」
「紗希っち?どしたよ?」
心優が心配してくれている最中私の脳内では…
あの悪徳商人のようなヤツの顔が駆け巡っていた。
現在は移動中。
入学式を終えた私達は、自分のクラスへと向かっていく。
「ま・・・同じクラスじゃなきゃそう関わることもないだろうし・・・」
「?」
††††
「なっ・・・!!」
「何でも聞いてくれるんだよね?」
ニヤリと笑い紗希を見下す。
「俺の気が済むまで俺の下で一生懸命働いてもらうからね?」
「何の冗談よっ!!」
「アンタに拒否権なんてないよ?」
そうだけど…
ただトイレの案内を頼んだだけなのに…。
何で私がそこまでしなくちゃなんないの?!
怒りに拳を震わせながら、仕方なしに首をたてにふった。
「じゃあ決まりね」
それはそれは嬉しそうに妖笑をたたえる中村。
気付いたときには体育館に向かって逃亡していた。
††††
「うそーん・・・」
クラスに入って一番最初に私が見たのは、今一番関わりたくない人。
「あ、トイレの人」
「二宮さんです」
間髪を入れず返答をする。
「トイレの人・・・?」
心優の不思議そうな目線があたしに突き刺さる。
そりゃそうだ
私の友達までよく把握している心優。
自分の知らない人が馴れ馴れしく知り尽くした親友に話しかけているのだからそれは疑問に思うだろう。
しかも"トイレの人"設定…。