エディブル ユー
「パスタどうだった?」
私は、料理を貪る男の口を見ながら尋ねた。
私の視線が口元にしかないことに男は気が付いてはいない。
「すっげぇ旨かった」
口が美味しかったということを、言葉を、紡ぎ出す。
3歳のあの頃は、まさか私がこの男に料理を作るということなんて思ってもいなかった。
なのに、目の前の男は私の料理を食べ、それをあと数時間は糧にして生きる。
そうして、男の生きた成分として私がそこにいるのだ。
ひどく、思考と身体が遠く離れたような気持ちになった。
「ちょっとベランダに出てくるね」
「寒くないか?」
「大丈夫、カーディガン着るし、もう春だよ」
そう言って少し大きめのサンダルを履いて、夜空を見上げる。
星はあまり輝いてはいなかったが、月明かりに照らされた桜が美しかった。
カーディガンを羽織ながら、ベランダに舞い落ちた花びらをそっと手の中に入れる。
それの強さに、私は目の奥から、何か迫り来るかのような熱さを引き出した。
もう一度木を見ると、そこには綿菓子のようなやわらかそうなピンクと強い幹がある。
私はまだそこまで強くはないから、と花びらを手の中から解放する。
すると、春風が背に花びらを乗せ、ふわりと舞って行った。
甘ったるい花の香りが、鼻をくすぐる。
桜をまた見つめれば、もうすでに葉桜として命の輝きを私に見せてくれていた。
その木が花を舞い散らすことは、もうない。
(―――…さよなら)
なのに、
私の瞳から溢れ出るさくらは舞い続けてくれる。