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いつまでも

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「みんな、足りない足りないと言うけれど、本当に足りないのですか?」
問い掛けが、私の答えを求めているものではないと、分かっていた。
「僕は、人にはちゃんと与えられてると思うんです。全くの0ということは、無いと。みんな『足りない』って言い過ぎなんだ。もっと、与えられた物を噛み砕いてから言うべきだと思います」
私は、柱を思い出していた。自分が成長する度に、傷を刻んだ柱。
「……と、言ったところで、僕が受動的過ぎると一蹴されて終わりなんですけどね。実際その通りですし」
彼は何もなかったかのように顔を伏せて作業を再開した。長めの髪が目を隠している。
どうしてこんなことを私に言ったんだろう。答えは、歩いて来てはくれなかった。
秋風が背中から吹き込み、髪を揺らす。秋といってもまだ夏日になることも多く、制服の下は汗ばんでいた。
「臆病だね」
言葉が口を突いた。
彼は手を止めた。
今なら、彼が纏う空気を風が流してくれそうな気がした。どうしてそんなことがしたいのかは自分でも分からなかった。とどのつまり、やっていることは彼と一緒だ。
「私達は、あくまで人間だよ。整数が無理なら分数を創って、それも無理ならルートを創った。存在しない数字さえ創った」
そして、その続きに詰まった。そもそも自分に言えることではないのだ。
「だから、前に進め? 手を伸ばす臆病の方がいい?」
私が言うはずだった言葉を丸々盗まれた。私がバツが悪そうな顔をしていると、彼は爽やかな笑顔を見せて答えた。
「僕は、これでいいんです」
私には、理解できなかった。
彼は胸ポケットから何かを取り出した。小さな棒のようなものだ。どうやらそれはチョコか飴の棒らしく、片端は懐かしいキャラクターの形をしていた。
「今は引っ越してしまった女の子が、小さい頃僕を好きだと言ってくれました。
その過去がどんなに小さいものになってしまっても、どうしても消えませんでした」
独り言のように呟く彼はとても楽しそうだった。愛しそうに棒を指で回している。
もう一度風が吹いたが、隅っこの空気は二度と動くことはなさそうに思えた。
ただここに残ったのはある種の安心感。角が取れてしまった球体に生まれた隅っこの存在は、私にもう充分なんじゃないかと思わせた。
私は少し移動して、椅子に座った彼と丁度背中合わせになるように座った。
恐ろしい程物が溢れ返ったこの世界で、棒一本を大切にし続ける彼は滑稽なのだろうか。上書きされて消えた約束をなぞり続ける彼は可笑しいのだろうか。
地球は丸いわけで、言うなればどこだって世界の中心だ。中心にある隅っこに埋まっても、ここは中心のままだ。
「例えば、この夕日を余すところなく目に焼き付けよう。そう思うだけで、人よりもっと綺麗なものを見れるんです」
彼の言葉を信じてみようか。私は大きく右を向いて、開け放たれたドアのその向こうを睨んだ。彼もドアの窓を通して外を見ている。
そこにあったのは、さっきまでの薄いオレンジ色の空ではなかった。むしろ赤に近い、一秒毎に姿を変える空だった。
この空を愛しいと思った、ずっと見ていたいと思った。しかしそう思う程に、雲は速く流れ日は急いで沈んでゆく。私はとても辛くなった。
私が諦めて彼の方を向くと、彼はまだ夕日を眺めていた。
「わかった。君は毎日が夏休みの最終日なんだ」
彼はこっちを振り向き、
「そんな感じなんですかね」
と笑った。
今ならはっきり言えると思った。ここは確かに地球の中心で、かつ唯一の隅っこであると。
作品名:いつまでも 作家名:さと