いつまでも
彼は「隅っこ」を体現したような人間だった。
席がどこであれ、彼の四方にはじめっとした木の柱のような空気が存在しているのだ。
そのような話を私は、彼と同じクラスの後輩から聞いていた。
私がある日、教室で勉強していると、そんな時間ではないはずなのに教室を締められた。当番の教師は急いでいたのか、中にいる私にも気付いていなかったようだ。私はしぶしぶ荷物を持ってベランダに出て、鍵の開いている教室を探した。オレンジの西日が私を照らしていた。
ようやく見つけた開閉できるドア。どうやら一つ下の学年の教室らしい。教室の戸も開いているところから、中に人が居るはずだが姿は見えない。
まあいっか、とベランダの扉を開け放して教室に足を踏み入れた。
目の前には、彼がいた。
なるほど、彼は隅っこだ。目が合った瞬間に、私は彼が「彼」であると認識した。
彼は、ベランダからは死角になる、扉のすぐ近くの席に座っていた。
無言でじっと私を見つめる彼を、私は祖母の家で見たことがあるように感じた。或いは、体育を見学して、体育館の端に座っている時に出会ったことがあるように感じた。
私は彼の名前を知らなかったのだ。だから、
「ああ……君か」
という溜め息に近い言葉を発したのだ。
「いきなり何ですか?」
至極当たり前の返答だ。知らない人に「君か」と言われて友好的な行動を取る人間は稀だろう。彼は眉を潜めている。
「あ、いや。教室閉められちゃって。開いてる教室見つけたらここだったんだ」
「そうですか」
どうでもよさそうに、彼は目線を机のノートに落とした。釣られて私も視線を落とすと、参考書に目が行った。書かれているのは「中学」の文字。確かに、いや間違いなくここは高校だ。
「あれ、中学のやってるの?」
彼はノートを見ながら喋る。
「高校生になったとはいえ、中学時代があってこそのものですから」
「私も、……勉強足りてないなあ。それに、こうして馴れ馴れしく喋っちゃってるけど、迷惑だよね。気遣い足りなくてごめん。あー、足りないものだらけだ!」
私は重荷を降ろしたように背伸びをした。すると、私を再び見つめる視線に気が付いた。
決して鋭いものではなかったが、夕日を浴びたその瞳は、私に向かってその光を反射させるようだった。
「本当に、足りないんですか?」
動きを止めるしかなかった。