小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

漂礫 二、

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

 ただ柄が悪いだけの道場破りではない。十分に稽古を積んだ者たちだ。頭を狙うと見せて腕に打ち込んでくる。よけられるとすぐに踏ん張り突きを繰り出し、体を入れ替えられると振り向きざまに打ち込んでくる。その一太刀一太刀が力強く速い。
 どれほどの太刀を俺に打ち込んだだろうか。男は大きく口をあけ、肩を上下に揺らして空気を欲していた。鯉が餌を得るために池から口を出しているようすに思えた。
 男が呼吸を整えるまでしばらく待った。
 突然、大きな咆哮を始めた。
 間合いもない。息もない。
 もはや稽古にならぬ。
 叫び声をあげて突進してくる木刀を叩き落とし、体を横によけながら足をかけて転がした。
 起き上がってこようともせず、音を立てて激しく呼吸を繰り返す。
 玄関で応対してくれた若い弟子に向かって、「酒があれば、持ってきてやれ」と言った。
 白目をむいていた連中も、ふらふらしながら立ち上がり、土産の酒を手に五人は道場から出て行った。それまでどこにいたのか分からないが風がこの道場の弟子たちの手当てをしていた。頭や肩に冷たく濡らした手拭いを当てていく。柄の悪い道場破りに立ち向かっていった弟子たちだ。結局、最後まで立ち会うことのなかった髭面が頭を下げた。
「だれか知らぬが、助かった。ありがとう」
「いや、助けてほしいのは俺のほうだ。腹が減ったし、風呂にも入りたい。風呂に入ればきれいな着物がほしい。あの女も同じだ」
 髭面は若い弟子に指示をし、風呂の仕度ができるまでと、茶の用意もしてくれた。
「久しぶりの風呂だ」
「贅沢な茶だな」風が言った。確かに旨い。
 障子を開けると庭が見える。
「いい道場だな」
「だが師範があれでは、弟子がかわいそうだ」風が茶を飲みながら言った。
「弱いわけではないだろう。あの道場破りが強いのだ」
「強い、弱いの話ではない」
「風呂も飯も用意してくれるぞ。茶までこんな高価なものを出してくれる」
 風は茶に目を落とした。「こんな贅沢なものを、出す必要がどこにある」
「礼だよ、お礼。助けてもらったお礼」
「弟子たちは命がけで、あの乱暴者たちに向かっていったのだぞ」
 中庭を見た。手入れの行き届いたきれいな庭。この部屋も、道場もきれいだった。小さな町にして、もったいないほどの道場だった。
 風呂に入り、新しい着物をもらい、飯を食い、酒も飲んだ。
 うまい飯だった。お礼に少し稽古をしよう。
 俺が言うと、髭面の顔が引きつった。
 すでに日は暮れている。
 道場には俺と髭面の二人だけだった。
 木刀を持ち、向かい合う。髭面は緊張して震えていた。
 俺は打たない。受けるだけだ。打ち込んでこい。
 髭面は大きな声を出して打ち込み始めた。緊張も解けたのか、少し力が抜けていい太刀筋が数本は見えた。
 が、その程度だった。
 息が上がった髭面と道場の真ん中で正面に向き合った。
「どこで学んだ剣か知らぬが、途中で逃げ出したか」
 髭面は目を落とし答えた。「俺には才能がない」
「逃げ出すから、結果が出ない」
 握りしめた拳が小刻みに震えていた。「今日、俺は」絞り出すような声だった。
「逃げ出そうか、迷った。弟子たちが打ち倒され、もうこの道場も、すべて失っても逃げたほうがいいんじゃないかと迷っていた。俺のような中途半端な剣術があんな連中に通用するはずがない。向かって行っても怪我をするだけだ。怪我をして、道場が潰れるくらいなら、逃げ出して、またどこかほかの町で道場を開けばいい」
「あんな連中、まともに相手にするからだ。飯と酒を出し、土産でも渡せば帰っていくものを」
「何度も、何度も、そうしてきた。だが、弟子の一人が我慢の限界だと立ち会いを望んだ」
「なるほど、この道場は金がありそうに見える。小さな町には過ぎた道場だ。どうせ最初に連中が来たとき、俺たちに出した高価な茶を出したのだろう」
 髭面のため息が、小さく聞こえた。
風が、道場の入り口近くに座っている。きれいな中庭を眺めながら月を見ているのだろう。
「俺は坊主じゃないからお前に説教をする気はない。お前の師匠でもないから、今からお前に剣術を教える義理もない」
 立ち上がり、続けた。「こんな小さな町だ。誰も金など持っていない。剣を学びたいと思う子供がいるなら、お前のような腕前でも剣術を教えることはできる。できることを教えてやればいい。無理はするな。誰でもこの道場へ通える。小遣い程度で通える。そんな道場が必要だ」
 道場を出ると、風も立ち上がった。「今日は泊まらせてもらう。明日の朝飯は簡単でいい。もう茶はいらぬ。白湯でいい。途中で腹が減るかもしれぬから、握り飯だけ土産でもらえるか」
 道場の中で、髭面が突っ伏して泣いていた。


 
作品名:漂礫 二、 作家名:子龍