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一期一会 ―あんじ―

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 あの変な魚に会って数日後、オレの頭の中からは“屍の山”という言葉がしみついて離れなかった。今さら詳しく聞きに戻ろうにもどうにも気が向かなくて、池にも近寄れない始末だ。
 そんなオレは今、飛んでいったテニスボールを探しに池の側に来ている。

(やだなぁ)

 いたらどうしよう、また怒鳴られんのかな……少し不安になりつつ、とんでもない方向にボールを吹っ飛ばしてくれた相方を心の中でしっかり恨む。まあ、そんなこと知らないんだからしょうがないんだけどなあ……それに嫌なら池の周囲を探さなければ良いのだが、他はもう探しつくしてしまったのだからゼヒモナシ。
 池が見えてきた。水面にはなにものの姿も見受けられずはあああーっと、一息ついたとき。水面の近くをひらひらと一匹のチョウチョが飛んでいるのを見付けた。

(あ、あれどっかで)

 なんだっけ。ちょっと視線を下げると……水辺ギリギリにテニスボールが落ちていた。

(あったあ)

 これで帰れると、オレが池にもっと近づこうとしたらバシャリと、突然水面が揺れた。そうしてあの魚が顔を水上ににゅっと出したので、オレは咄嗟に近くの草陰に隠れた。
 草むらから池を見てると、魚はジっとひらひら飛ぶチョウチョを人間の目で追っていて、そして“バ、シャリ”大きく跳ねて、同じく人間のままの口で、チョウチョを食べた。

(うわぁっ! 気持ち悪っ)

 おもわず声を上げそうになった口を塞いで抑え、オレはそこから目を背ける。

(食べやがった……)

 人間の顔のまま、チョウチョを食されるのを見てしまった。とても気持ち悪い。ゾクリと、生理的嫌悪感が背筋を駆けあがる。
 この前あれほど生前のときの徳の高さを語ってたくせに、人間としての感覚はもう無いのだろうか。まさか虫を食べるなんて! ちょ、吐きそうかも。

(しかもあのチョウチョ、)

「あ、」

 急いで池を見てみれば、元高僧の現半魚はぷかりと白い腹を見せて水面に浮かんでた。
 ……自称・元高僧にしてはあまりにも、お粗末な終わり方だなと思う。
 合掌して、オレは静かにその場を後にした。

(あの坊さん、あのチョウチョが強い毒を持った種類だとは知らなかったみたいだ)
作品名:一期一会 ―あんじ― 作家名:狂言巡