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家の屋根だったものは緑に覆われ、空は海へと繋がっているかのように深く青い。その空の風に揺らされた緑の下に、瓦と薄汚れた漆喰がちらつく。その様が美しかったので、僕は視界を遮ろうとする黒、自分の髪を手で払った。
「どうした?」
 草を掻き分ける大きな音とオオノの声が重なるが、僕の回路は正常に彼の声を捉えた。振り返ると、オオノは膝まで伸びる雑草に足を上げて苦戦していた。手を使おうとしないのは彼の癖だ。足だけで掻き分けるには厄介な草を、僕の手が押さえ、彼はようやく僕の隣まで辿り着いた。僕が草を刈った場所で、オオノは笑いながら僕に礼を述べた。
 オオノは草向こうの池で冷やしていた足についた虫を払うと、思い出したかのようにまた訊ねた。
「で、どうした?」
「風と緑が綺麗でしたので、髪を払いました」
 僕の言葉にオオノは少し戸惑ったように目を見張り、次いで無精髭を撫でて感心した表情を浮かべた。目尻と口元の皺がくっきりと現れる。
「風が綺麗とはまた良い表現だな。お前が本当に人間だったら良い詩人になったろうに。いや、十分人間らしくなったよなぁ」
「この表現はフランスの詩人のものでした」
「だけどお前はそのフランスさんが見た景色も何も分からないのに、今のこの景色にその表現を使っただろう。お前だって立派な詩人だ」
 緩んだような、高揚するようなオオノの声が僕の中に刻まれる。
 その皺にも言葉にも、僕が作られて五年の月日が流れているのだということを示すものがあるように思えた。僕の中に蓄積されていくデータがそう物語っているのだ。
「そうだな、そろそろだ。よし、草刈りは明日にしよう。ちょっと話がある、帰ろう」
 オオノは独り言のような命令で僕を促した。
 美しい緑の家に向かい、オオノは僕の先へと歩き出した。その背中は僕の一番最初のデータと比較すると、少し曲がった。僅か数度の違いだが、これまで読み覚えた人間の特徴と照らし合わせると“老化”というものなのだろう。黒い髪に白い毛が混じり始めていることも、老化の一つ。五年の月日の中、僕が培ったこのデータの量が多いのか少ないのかは比較対照がいないため分からない。それでも人間の時間概念で五年という月日が経ったという事実は、オオノと僕に絶対的な変化を与える。
 例えば、最初にオオノから与えられた「人間に近くなってみろ」という命令を僕はこの五年の間で少しは達成できたのだと思う。十分人間らしくなった、の具体的な数値をオオノは言葉にしなかったが、今までの彼の言葉から試算すると七十四,五パーセントほど、僕は人間らしくなったのだろう。
 オオノは僕を作った科学者だ。この誰も住んでいない村に一人で研究を続けている。僕が作られるより前に過疎地となったこの村で、緑の侵食を眺めながらオオノは僕を作り、今は僕を育てている。その理由を僕は聞かされていなかったし、僕のプログラムにもその類は刻まれていなかった。だけど僕はそれを疑問に思うというプログラムを持っていない。
 この村から車で平均二時間三十九分かけた場所に人の住む街がある。何度もその場所に行く機会があった。食料、水、図書館、現存する人間、動物、他にも様々な理由で僕らは街へ出かけ、時にはもっと向こうの都市にまで足を伸ばした。都市では僕のような人間の姿をしたロボットや、多くの機械が都市を形作っている。何でも揃うその場所で、シルバーや銅のボディやコードが人を支え、木々を支え、食を支えていた。日本だけではなく、世界の都市ではそれが当たり前になっている。
 歴史の本を開けば、この現代に至るまで大きな科学の発達と反発、生物と自然への配慮、天災や人災が多くあったのだという。僕の中の基本データにも組み込まれるほどの歴史たちはすでに起こった後で、僕にはそれをあるがままに受け入れ信じる他ない。疑問というプログラムは難しいのだとオオノは語り、人間は歴史を疑い、時には後悔し、懐古しなければいけないのだと言った。
 だけど僕は作られて五年の月日、疑問を持ち、物を作り、食べ物を口にし、笑い怒り悔やみ、思案し、眠るオオノの傍にいたが、そんなオオノのようになろうともなりたいとも思わずここにいる。ただ、自然の美しさの基準をデータから割り出し、言葉を覚え、生物や世界の歴史を知り、時にオオノから物を作る順序などを教えられ、動いているに過ぎない。
 なぜならば僕はロボットなのだ。

***

「おい、ここ座れ」
 オオノの命令に従って、家にあるなかで一番上等な椅子に腰掛けた。肩にタオルをかけられ、オオノに渡された鏡で自分を映す。自分の頭の後ろで、オオノの手がキラキラと光るはさみを持っていた。
「話があるのではなかったのですか」
「あぁ、うん。だけどお前さっき髪が邪魔そうだったからな。もう少し短くしといてやるよ。切りすぎても許せよ」
 言っている間に、くしと霧吹きまで用意したオオノが僕の髪を手でとかす。それは絵本で見た、親が子供の頭を撫でる手つきのようにも見えた。データを収めているからそう思う。僕とオオノはロボットと科学者だ。作られた物と作った者だから親子とは思えないが、僕の外見がオオノよりも若い人間の男の姿なので、もしかしたら兄弟くらいには見えるかもしれない。
 どの髪を切ろうかと悩んでいるのか、オオノが顔をあちらこちらへと向ける様が鏡に映りこむ。そのたびにオオノの髪が揺れる。
「オオノの髪の方が邪魔ではないですか? オオノの髪は目算ですが平均二センチほど」
「あーはいはい。じゃあ後で交代してくれ」
「分かりました」
 しゃき、しゃきと小さな音と共に髪がほんの少しずつ短くなっていく。頭の後ろで真剣な顔のオオノが僕の耳にかかる髪に触れる。時々乱暴に髪をかき混ぜられた。切られた髪が白い床へと散っていっているのだろう。数ミリグラムずつ僕の重量が減っていく。
「お前の髪も伸びるような素材で作ってやればよかったかな……」
「そのような素材があるのですか?」
「あるにはあるんだがなぁ、あれは電気食うからな。お前のソーラーエネルギーの基盤じゃあ日常生活とちょっとの余裕しかないんだよ。それを髪とか爪を伸ばす力に回したら余裕がなくなってフリーズする可能性がある」
「そうですか」
 別に髪が伸びようが伸びまいが、僕の起動やプログラムに関わる事柄ではない。ただ、さらに人間らしい外見を得られた、そんな初期命令への実現率を高める一因ではある。オオノ曰く、僕の中身が人間に近くなることを望んでいるので、オオノから見れば発毛などは特に必要ないことだったのだろう。
「髪、伸ばしたかったらカツラを作ってやるからよ」
「了解しました」
 僕は自分の髪がどうなろうと関係ない。これは僕を作り、僕を傍に置くオオノの趣味やこだわりの問題なのだ。僕が髪を伸ばしたいと思うことはない。
 目元にかかっていた髪が眉の上まで切り、オオノは何故か謝った。それでも全体を整えると満足げに声を上げ、僕は椅子を彼へ明け渡した。

***

「全く同じ生物が二つ以上存在するということは有り得ない」
 分かるか? と問われ僕の中のデータは簡単に答えを紡いだ。
作品名:Cut & Paste 作家名:ニイチ