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ラスト・スマイル~徴税吏員 大沢陽一のルーツ

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 また、ある時は法令通り・杓子定規のやり方に苦情を述べる滞納者に「それのどこが悪いのか!」と反論する狩野を大沢は目撃した。「法令通り・杓子定規」とは悪い意味で使われることが多いが、公平・公正な賦課徴収を第一とするなら、私情を排して、法令通り・杓子定規に当たらなければならない。「法令通り・杓子定規」を積極的に評価する職員を大沢は初めて見たような気がした。
 更に徴収に「チームプレイ」を持ち込んだのも狩野だった。西牟田も口では「チームプレイ」と言うが、実際は部下に仕事を投げたままで、各担当の徴収率を出していた。そして、何の解決案も出せないまま「・・・・・の対応は?」としか投げかけず、部下は混乱していた。しかし、狩野は自らも部下のフォローで徴収を行う一方、高額・悪質滞納者の情報は係内で共有し、担当だけで抱え込まないよう改革して行った。部下に指示をするときも「・・・をしろ」と具体的であり、前年のような混乱は少なくなっていった。

 そして2ヶ月が過ぎ、下落傾向の続いた相良局の徴収率は再び上向き始めた。
本年度は過去最高、そして県内一の徴収率も達成できそうな気がした。

 そのような中、夏にある事件が起きた。大沢は相変わらず、財産を見つけ出しては差押えることを繰り返していた。一つは、預金を差押えたところ、「これは妻の治療費に使うための金だ!返せ!人の命を何だと考えているんだ」と物凄い剣幕で怒鳴り込んできた。奥の応接テーブルに通したが、逆上した滞納者が机を倒し、狩野が巻き添えで軽傷を負った。警察沙汰となり、局内でも問題となる。局の上層部からは「もう少し丁寧な応対はできないのか」と言われ、大鹿と狩野は対応に奔走されるが、どれも現場のわからない人間の意見としか大沢には思えなかった。
 また、局発注の工事を請け負っている業者に滞納が発生し、大沢がこの工事代金の請求権を差押えたことも問題となった。そのような業者に発注した土木部に問題が生じるというのだ。また、大鹿と狩野が対応に奔走される。
 「また休職前のようなことの再来か」大沢はがっくりと肩を落とした。真面目にやればやるほど問題が大きくなるのを見て、真面目に徴収するのがだんだん馬鹿らしくなっていた。
 しかし、そのような時に狩野は一言大沢にこう言った。
「大沢君は真面目だから。こういう問題が起きても全く気にせず、今まで通りやってくれ。」
 大沢はこの一言に救われた気がした。そして、法の執行こそ公務の本質であると気付き、いかなる非難も対立も恐れなくなり、冷酷と言われてもブレない態度で臨もうと決心する。

 狩野は他に、捜索・タイヤロックによる自動車差押など新たな手法を局の徴収に取り入れた。東京都が既にそのような手法を始めている中「同じ日本国内で、地方によって徴収の手法に差がでるのはおかしい。公平・公正に反する」という狩野の考えからだった。そういうこともあり、相良局の徴収率は飛躍的に伸び続け、10年近くにわたり徴収率トップを走り続けた。税務職員から「相良の躍進」と称されているが、その最初の時期に大沢はそれを経験した。それを通して「法の番人」「公益」「秩序」「私情を排する」というような公務への職業観が生まれた。 
 その後、10年以上後に同じ職場に来るまで何箇所か違う部署を転々とするが、大沢のこの職業観はいついかなる時も大沢の心に深く刻まれている。(完)