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ラスト・スマイル~徴税吏員 大沢陽一のルーツ

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1「少しずつ、少しずつでも納めて~少しずつ心を病んで」

「相良地方振興局税務課勤務を命ずる」
 配属先を告げられ、頭の中が真っ白になった。とにかく、転ばないように努めて冷静を装い、自分の席に戻った。
 彼の名は大沢陽一。きょう、4月1日から県庁に勤める地方公務員だ。
 しかし、彼が公務員になったのも、そして県職員となったのも本意ではない。彼には就きたい職業があった。しかし、その夢を果たすことは出来なかった。そして、地方公務員、それも地元の市役所に就職しようと思った。しかしブランド志向の親の反対でしぶしぶ浪人し、市役所より厳しい県の採用試験を突破しなければならなかったのである。
 なぜ公務員か?そこに積極的な理由は無い。安定や福利厚生の厚さを目当てに志望する者もいるが、そういう者よりも消極的な理由かもしれない。それは「天命だと思ったから」中学生の時に、やりたくもないのに無理矢理学級委員を引き受けさせられた過去があった。他のクラスメートが自分の好きなことをして楽しんでいるのを横目に、自分は教師とクラスメートの板挟み役にならなければならなかった。学級の代表といえば聞こえは良いが、中身は学級一の雑務係、教師の伝令とクラスメートからの突き上げに毎日悩まなければならなかった。不登校(当時は「登校拒否」という言葉しかなかった)できればどれだけ幸せだったことかと思うことが今でもある。
 しかし、過去を思い出しながら、そういうのが他人から見た自分の役割だと認識するようになった。それはちょうど芝居の配役のようなものかもしれない。自分の意に沿わない役でも、しっかり演じきらなければならないのだ。そうした考えから生まれた自分の配役が「地方公務員」であった。
 とはいえ、多浪の不安や将来ニートになる可能性から来る精神的な不安定を乗り越えてついに手に入れた定職、いい加減に落ち着きたかった。勤務先も地元を希望した。それが、地元からは車で3時間近くかかり、一歩も足を踏み入れたことのない未踏の地に行かなければならないことに、不安は増すばかりだった。

 同期入庁の職員は、最初の数週間、本庁で一斉に同じ研修を受ける。その後、各所属へ配属される。相良局へ向かう車の中で、つくづく遠い異郷の地に連れ去られていくような感覚に襲われた。家に帰れば引越しの準備もしなければならず、最初から精神的にやや不安定になっていた。

 大沢の仕事は徴収係で窓口担当。現金収納や納税証明書の発行などが主な仕事である。そして、たまに滞納税金の徴収に出ることになる。市役所や町村役場と違い、自分の机が窓口から離れている。だから来客があればすぐ駆けつけなければならないが、その来客になかなか気付かない。
 客から話を聞くが、その回答がわからない。一つ一つ職場の同僚に尋ねなければならない。誰でも最初はそうだから仕方がない、わからなくても相手の質問の要旨を理解するために進んで話を聞くのが仕事上達のコツだと気付くのはまだ大分後になってのことだった。何もできない自分の無力さが嫌になった。
 それは電話でも同じだった。電話を取っても相手が何を言っているのかわからず、どう対応すれば良いのかもわからなかった。
 
 山本過奈(かな)。一応、大沢の教育係ということになっているが、感情の起伏が激しく、あまり頼れない。助けを求めても「なんで、アンタそんなこともわからないの!」と激しい剣幕で返してくることもあった。説明もあまり意味がわからない。1日の会計の締めの仕事もなかなか終わらず、終業後1回1時間近くもかかっていた。
 課長の大鹿、税務経験は長いが、賦課ばかりで徴収に疎い。窓口対応で手一杯の大沢に「どれだけ滞納の回収をする予定か?」と聞いてくる。すると過奈は大沢の耳元で「あなたは窓口担当、課長の言うことは気にしなくていいからね」と言う。いったい、どちらが正しいのかわからない。過奈の言うことが正しいなら、なぜ大鹿にそう反論してくれないのか。
 徴収係長の西牟田、課長とは逆に徴収キャリアは長いが、管理能力には疑問符が付く。入庁して1ヶ月もたたない大沢に「あなたは主査(担当)としてどう考えるか?」と聞く。専門知識もほとんどない人間にどう考えるかと聞かれてもわかるはずがない。本当に部下を育てるならば、まず自分がいろいろ案を出し、それについて部下が「本当だろうか?」と疑問を持つような気付きの機会を持たせるのが、人を育てるのに秀でた上司だと気付かされるのもまたこれから1年以上経ってからのことだった。
 5月、徴収職員にとって最も多忙を極める。自動車税の収納と問い合わせに日々忙殺される一方、決算の締めとあって、昨年度の滞納税金の回収もしなければならない。しかし、大沢に教えられたのは催告という手法だけ。「払ってください」と言って、裏切られ、そして上司に叱責されるというサイクルの繰り返しだった。大沢自身、入庁して間もない身だが、こんなことで滞納税金が回収できるとは全く思えなかった。本庁主催の研修で得た、差押のような法を駆使した強制徴収の手法以外に回収の方法はないと考えていた。しかし、係の方針は何度も「払ってください」の催告至上主義、電話をかけ、住宅明細地図片手に滞納者の家に出向き(臨戸)、そして滞納者に対しては交渉して「少しずつ、少しずつでも納めてください」というのが滞納整理の定石だった。
 ただ、滞納者に対するフォローの厚さもあってか、相良局の徴収率は決して悪くなかった。最盛期はむしろAクラス(3位)で良い方だった。しかし、それも年を追うにつれて順位を下げる。大沢も新人ながらこのような手法では今後数字を落としていくだけではないかと薄々感づいていた。 
 それは9月、現年分の徴収が本格化する頃になっても変わらない。だいたい納付履歴を見ればわかる。5/31の納期限などこれらの滞納者にはどうでもいいのだ。

 そんな時、大沢の担当で自動車税を滞納した市議がいた。大沢は少ない知識で工夫し、議員報酬の存在を突き止めた。早速差押を執行するが、課長の大鹿から
「親分にあたる地元選出の県議の影響もある。これは解除できないか。」
と言われた。肩透かしを喰らったような大沢。これまで各担当者分の徴収率を見ながら、「これはこうしろ、あれはこうしろ」と財産調査や滞納処分を指示した大鹿だが、いざ差押の場面に遭うと腰が引けてしまう。まさに小物上司だ。
 とりあえず財産が見つかった滞納者からも差押えて「これで残額を払う気がなくなる」と変な懸念をする大鹿。彼には国税徴収法第47条「督促状を発した日から起算して十日を経過した日までに完納しないとき。徴収職員は、滞納者の国税につきその財産を差し押えなければならない。」この規定がわかっていないようだ。これは訓示規定なので守らなかったからといって即違法というわけではない。しかし、こう定められている以上、徴収職員の矜持として持つべきものではないか。
 秋ごろ、そんな大沢の不満が爆発した。「催告は当てが無い。差押はダメ。これでどうやって税金を取れというのだ!」大沢は過奈に不満をぶちまける。