幼なじみ
「もう六時ね」
「そうだなー」
「そろそろ帰りなよ」
「そうだなー」
「今日はありがと。聡が来てくれてちょっと気が紛れたよ」
「まだ、つらい?」
「……うん」
「そか」
「終わったことをいつまでも引きずってるなんて、不毛すぎるけど。頭の中で勝手に再生されちゃうの。私に何かできることはなかったのかとか、あの時ああしてなければとか」
「真琴は悪くないよ」
「そう思いたいんだけど、なんか今は難しい」
「……そっか」
「今考えても全部遅いから。忘れるくらいしか解決する方法ないんだけど」
「うん」
「結衣の記憶とか全部消しちゃいたいよ。ホントにそんなことできるとしたらきっとしないんだろうけど。でもそうしてしまいたいって思うくらい辛い」
僕は何も言うことができなかった。僕が今の彼女を慰めようとするのはとても図々しい行為だと思った。
「ごめん。こんなこと言っても何にもならないのに。バカみたい。バカだ。バカ」
彼女の声はこみ上げてくる涙を必死に堪えているような調子だった。僕はベッドに腰掛け彼女の頭を撫でた。
「やめて……」
真琴は頭を振って僕の手を避けた。
「放っておいてよ……」
「そんなことできないよ」
「今優しくされたら後で後悔するようなこと言っちゃいそう」
「だめなの?」
「だめに決まってるだろうが。ばかやろう」
「ごめんごめん」
「撫でるなっつぅの」
愚痴をいいながらも、彼女はそれ以上拒否するような素振りは見せなかった。
「ずるいよ」
真琴が潤んだ目で僕の顔を見つめた。
「弱ったときを狙うなんて。なんて狡猾な奴だ」
「生意気言ってないで、こういう時は黙って誰かに頼っておけばいいんだよ」
「あーもう。こうなるのが嫌だったから話したくなかったのに……」
「はいはい」
「……子供扱いするな」
「学校来ない間ずっと一人でいたのか?」
「うん」
「辛かったか」
「……うん」
僕は真琴の肩に手を回し、抱きしめた。真琴が僕の制服の胸の辺りをぎゅっと掴む。
「ほんとずるい。こんな精神状態でこんなことされたら我慢できるわけないし」
「尻軽発言だ」
「ち、違う!誰でもいいわけじゃない!」
「そうなの?」
「だいたい、尻軽なのは聡の方でしょ」
「俺が?どうして」
「あんた、いろんな女の子と仲いいし」
「そりゃ普通に高校生やってたら女子と話す機会くらいたくさんあるでしょ」
「それはそうだけど!重要なのはそこじゃなくて!」
「じゃあなんだよ」
「だから、あんたがこういうことを他の女の子にもするのかっていう、そういうことよ!」
「こういうことって?」
「優しくしたり、撫で撫でしたり、抱きしめたり……」
「そんなことしないよ」
「私だけ?」
「真琴だけ」
「じゃあ、さ。聡はさ、私のこと、好きってことで……いい?」
「うん、好きだよ」
「一番?」
「一番。真琴は?」
「私は……よくわかんないけど。こうしてるのすごく心地いい。今はなんか、聡が必要かも」
「それじゃもう少しこうしてようか」
「……うん」
真琴の手が僕の腰に回された。
「あったかい」
「そうか」
真琴の手に力が込められた。僕もより強く彼女を抱きしめた。
「ねぇ、もっとそばに居てよ」
「うん」
「こうしてる間だけ、結衣のこと忘れられる気がする。それって悪いことじゃないよね」
「そうだな」
「ねぇ、キスしたい」
「うん」
抱きしめた手を緩めた。彼女が僕を見つめる。彼女の目からは大粒の涙が幾つも、幾つも流れ落ちていた。
真琴が目を瞑った。僕は小さく息を吸って、彼女に口付けた。
唇を離す。見つめ合う。もう一度、唇を合わせる。僕らははお互いを強く抱きしめあった。
傷の舐めあいでもいい。それで結衣の死から少しでも目を話すことができるなら。僕らは自分を守るためなら簡単に嘘を吐く。かすかな罪悪感を覚えながら、僕は真琴の体を抱きしめていた。