幼なじみ
八月の最後の日曜日。母親があわただしく階段を上る音で目が覚めた。結衣と真琴が事故にあったそうだ。僕は母親から話を聞くと、服も着替えずに家を飛び出し病院へ向かった。
「おばさん」
「聡くん」
病院のロビーで真琴の母親が待っていた。
「結衣と真琴が、事故にあったって」
「二人が信号待ちをしてる所に居眠り運転のトラックが突っ込んできたの。真琴は幸いかすり傷で済んだんだけど」
「結衣は?」
「結衣ちゃんは……立ってた場所が悪くて」
「……どうなったんですか?」
おばさんは一瞬間を置いて、ゆっくりと口を開いた。
「トラックが直撃してね……救急車が来る頃にはもう」
「そんな」
結衣が死んだ?
「聡くん、落ち着いて。この廊下をまっすぐ突き当たりまでいった所にね、真琴がいるから。そこで待ってて。しばらくしたら私も行くから。そしたら一緒に帰りましょう」
「……はい」
そこは手術室の前だった。真琴は手足に包帯を幾つも巻いた姿で椅子に腰掛けている。顔を俯けて大腿に肘をつき、両の掌を祈るように組んでいる。
「真琴」
僕の声に反応して真琴はおもむろに顔を上げた。虚ろな瞳は灰色に淀んでいる。
僕は真琴の隣りに腰を下ろした。何も話す気にはなれなかった。大切な友人を亡くしたという、目を逸らすことのできない事実が僕の頭の中を支配していた。
「今日はただの、ただの休日だったはずなのに」
真琴がぽつりと呟いた。その日、真琴がそれ以降口を開くことはなかった。
結衣の葬儀は数日の間に、何の問題もなく済まされた。クラスメイト達はみんな涙を流し、嗚咽をあげ、抱き合い、悲しんでいた。僕はそんな彼らにどこかばかばかしさのようなものを感じながら、その様子を眺めていた。そして、葬儀の場に真琴が来ることはなかった。
葬儀が終わり、母と父と三人で家に向かった。
「ご飯どうする?なにか食べたいものある?」
「今日はいいや」
ぶっきらぼうに答えて、僕は部屋に戻った。
ベッドに寝そべると天井が見えた。
ガムテープで補修された箇所がある。昔真琴が悪ふざけで開けた穴だ。あれを直したのは結衣だったっけ。あいつは何も悪くなかったのに。
いつもそうだった。自分より他の誰かのことを優先して動いていた。それが原因で損をばかりしているような奴だった。
「あ、これ」
ふとあるものに気づいて僕は立ち上がった。
部屋の隅の壁。僕の腰から胸くらいの高さまで、短い線が床と平行に何本も描かれている。小さい頃の僕らの身長を表したものだ。
赤が真琴、青が僕。そして、緑が結衣だ。
温かい感触が僕の頬を流れ落ちた。
僕は涙を流していた。
誰にでも分け隔てなく接し、周りからの人望も厚く、常に努力を怠らない人だった。誠実で、素直で、いつも笑っていて、周りを照らす太陽のような人だった。
そんな結衣が死んだ。たった一度の不運で。誰かがハンドルを切り間違えただけで。
もう何処を探しても、僕は結衣に会うことはできないんだ。
結衣が葬式から十日が過ぎた。その日も学校に真琴は来なかった。クラスメイトの何人かから彼女の様子を聞かれたが僕は「わからない」と首を振ることしかできなかった。
真琴がいない放課後はやることがない。僕はまっすぐ家に帰った。
帰宅して自分の部屋のベッドに寝転がる。
やはり何もすることが無く、僕はその辺に転がっていたマンガを読んで時間を潰していた。
「さとしー」
全体の三分の一を読み終えたあたりでリビングの方から母親の声が聞こえた。
「真琴ちゃんのお母さんから電話よ」
僕はベッドから跳ね起き、部屋を飛び出した。
「はい、代わりました、聡です」
「ああ、聡くん?うちの真琴なんだけど、結衣ちゃんのことがあってから部屋にこもりっきりで出てこなくて。元気付けてあげて欲しいの。聡くん位しか頼める人いなくて」
二つ返事で了承した。真琴と会わない期間が続くと僕の調子も狂ってしまいそうだ。
「おばさん」
「聡くん」
病院のロビーで真琴の母親が待っていた。
「結衣と真琴が、事故にあったって」
「二人が信号待ちをしてる所に居眠り運転のトラックが突っ込んできたの。真琴は幸いかすり傷で済んだんだけど」
「結衣は?」
「結衣ちゃんは……立ってた場所が悪くて」
「……どうなったんですか?」
おばさんは一瞬間を置いて、ゆっくりと口を開いた。
「トラックが直撃してね……救急車が来る頃にはもう」
「そんな」
結衣が死んだ?
「聡くん、落ち着いて。この廊下をまっすぐ突き当たりまでいった所にね、真琴がいるから。そこで待ってて。しばらくしたら私も行くから。そしたら一緒に帰りましょう」
「……はい」
そこは手術室の前だった。真琴は手足に包帯を幾つも巻いた姿で椅子に腰掛けている。顔を俯けて大腿に肘をつき、両の掌を祈るように組んでいる。
「真琴」
僕の声に反応して真琴はおもむろに顔を上げた。虚ろな瞳は灰色に淀んでいる。
僕は真琴の隣りに腰を下ろした。何も話す気にはなれなかった。大切な友人を亡くしたという、目を逸らすことのできない事実が僕の頭の中を支配していた。
「今日はただの、ただの休日だったはずなのに」
真琴がぽつりと呟いた。その日、真琴がそれ以降口を開くことはなかった。
結衣の葬儀は数日の間に、何の問題もなく済まされた。クラスメイト達はみんな涙を流し、嗚咽をあげ、抱き合い、悲しんでいた。僕はそんな彼らにどこかばかばかしさのようなものを感じながら、その様子を眺めていた。そして、葬儀の場に真琴が来ることはなかった。
葬儀が終わり、母と父と三人で家に向かった。
「ご飯どうする?なにか食べたいものある?」
「今日はいいや」
ぶっきらぼうに答えて、僕は部屋に戻った。
ベッドに寝そべると天井が見えた。
ガムテープで補修された箇所がある。昔真琴が悪ふざけで開けた穴だ。あれを直したのは結衣だったっけ。あいつは何も悪くなかったのに。
いつもそうだった。自分より他の誰かのことを優先して動いていた。それが原因で損をばかりしているような奴だった。
「あ、これ」
ふとあるものに気づいて僕は立ち上がった。
部屋の隅の壁。僕の腰から胸くらいの高さまで、短い線が床と平行に何本も描かれている。小さい頃の僕らの身長を表したものだ。
赤が真琴、青が僕。そして、緑が結衣だ。
温かい感触が僕の頬を流れ落ちた。
僕は涙を流していた。
誰にでも分け隔てなく接し、周りからの人望も厚く、常に努力を怠らない人だった。誠実で、素直で、いつも笑っていて、周りを照らす太陽のような人だった。
そんな結衣が死んだ。たった一度の不運で。誰かがハンドルを切り間違えただけで。
もう何処を探しても、僕は結衣に会うことはできないんだ。
結衣が葬式から十日が過ぎた。その日も学校に真琴は来なかった。クラスメイトの何人かから彼女の様子を聞かれたが僕は「わからない」と首を振ることしかできなかった。
真琴がいない放課後はやることがない。僕はまっすぐ家に帰った。
帰宅して自分の部屋のベッドに寝転がる。
やはり何もすることが無く、僕はその辺に転がっていたマンガを読んで時間を潰していた。
「さとしー」
全体の三分の一を読み終えたあたりでリビングの方から母親の声が聞こえた。
「真琴ちゃんのお母さんから電話よ」
僕はベッドから跳ね起き、部屋を飛び出した。
「はい、代わりました、聡です」
「ああ、聡くん?うちの真琴なんだけど、結衣ちゃんのことがあってから部屋にこもりっきりで出てこなくて。元気付けてあげて欲しいの。聡くん位しか頼める人いなくて」
二つ返事で了承した。真琴と会わない期間が続くと僕の調子も狂ってしまいそうだ。