鎹の想い
その間に、真理子は賢治の真向かいの席に咲子を座らせ、立ってウェーターにジュウスを頼みに行き戻ってきた。咲子に「お父さん、完全復活。お酒やめて頑張ってるって。」真理子が言うと、賢治が「君のおかげで頑張れたよ。」と優しく語り掛ける。「そう、よかったわね。」と言いながら、咲子はまだ少し混乱して戸惑っている様子。「あのね。今でもお父さんお母さんを好きだって。私思うんだけれど、二人でやり直してもらえると嬉しいなあ。」真理子のその言葉に力を得たように「勝手な言い分に聞こえるかも知れないけど、僕もやり直せたらと思っている。」その言葉に目を伏せる咲子。やや考えてゆっくりと「私、今妻になる自信ないの。貴方が嫌いなわけじゃない。家族だと言う気持ちはあるの。でも、それは真理子のお父さんとしてで、夫と言う気持ちと違うものなの。」その言葉に「お母さん!それって‐‐。」戸惑う真理子の言葉をさえぎって賢治は「ははは、君らしいね。自分の内にあやふやな事があると、妥協できない人だから。いいさ、子供のお父さんとして、君の家族のような親友としてで、君が、やり直そうという気持ちになることを期待して待つよ。」と云った。「ごめんなさい。ゆっくり自分の気持ちを考えてみたい。遅くても、真理子がお嫁に行くようになるまでには、自分で自分の気持ちがはっきり掴めるとおもうわ。」と咲子。少しあきれ顔の真理子だが、「じゃあ、予約のレストランに行こう。こどもの城辺りだから。」真理子のその言葉に二人は席を立ち、レシートを取ろうとする賢治の手より先にレシートをとって真理子が「今日は私の会計」といってそのままレジへ。賢治と咲子は先に表に出て、真理子を待つ。三人は宮益坂をこどもの城に向かって歩き始める。咲子と賢治は並んで、楽しそうに話している様子を、後ろから見つめつつ真理子は(なぜ?すんなり夫婦にもどれないのか、どう見ても仲のいい夫婦にしか見えないのに)と若い真理子には理解しがたい中年夫婦の不思議さ。だが、きっと、いい方向に向かうだろうと期待している真理子だった。