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檀上 香代子
檀上 香代子
novelistID. 31673
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鎹の想い

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    鎹の想い
             檀上 香代子

 渋谷駅のハチ公口から、押し流されるような人ごみに、父賢治の姿が目に入った真理子。白髪交じりの父は、少し背を丸めて、ハチ公前に向かってくる。(また、少しふけたな。)と真理子は思った。「お父さん!」と大きな声で、手を挙げると、この雑踏の中で
きこえない様子に、父に向かって歩き始めた。やっと、近寄る真理子に気付き、照れた様な笑いを浮かべた賢治の姿は、人のいいお爺ちゃんという感じである。「待たせちゃったかなァ。」と言いつつ、まぶしそうに真理子を見つめた。「ううん、5分ぐらいかな。驚いた?電話して‐‐」と真理子の問いに、「ああ、ちょっとな。」「ふふふ、‐‐‐雑踏の中じゃなんだから、宮益坂のトップに入ろう。」と父にいいながら、真理子はガードの方へ向かって歩き始めた。
賢治は右隣を歩く真理子の様子、社会人として、活気に満ちた姿に安堵とその若さが羨ましいような気持ちが起こった。青山に続く宮益坂の中ほどにトップはある。先に立つ真理子の前で、静かに自動ドアが開き、中に入った真理子「よかった。4人席が空いてるよ。」道路添いにある席に、二人は座った。注文にきたウェーターに「私はアメリカン、お父さんは?」「ああ、僕はブレンドで。」注文を繰り返し、ウェーターが去った後「何かつまんだほうが」と言う賢治に「いらないよ。この後レストランの予約してるもん。」「そうだったな。しかし、大丈夫か。」と聞く賢治に、「大丈夫、思ったよりボーナスよかったから。」と自信たっぷりに答えて「それより、お父さん、禁酒は続いてる?」「きっぱり、辞めたから、しごと一筋さ。」「じゃ、もう時効かな。」と言う真理子の言葉に
「うん?」と意味を捉えかねてる賢治に「お父さんの罪。」「あははは、悪かったと思っているよ。あの時分、随分ストレスがありすぎた。が、お父さんも弱かったからな。」「そうだね。でも、あの当時大変だったのはおかあさんだよ。障害の叔父さんの介護と酒を飲んでは、お母さんに当たるお父さん、受験ノイローゼの私を抱え込んで居たんだもん。私も悪い娘だったけど。」「うん、そうだな。お母さんに甘えすぎてたな、二人とも。」「そう、二人とも甘えん坊だった。で、お父さんは、お母さんのこと、どう思っているの?」「そりゃ、気になるさ。でも、
あの時は、お母さんの気持を無視してはダメだ、それが、お母さんへの謝罪だとおもったんだ。」「やっぱり、根は優しいんだお父さん。」「優しくはないさ。でも惚れた相手だから、あの人は。時々思う。結婚も俺が強引過ぎたからじゃないかって。あの人の優しさに甘えられる事を利用したんじゃないかって。」「うん、うん、大いに反省したんだ、あたしと同じに」「あのひとは、強そうでもポッキリと折れる怖さがある人だから、大事にしろよ。おかあさんを。」「ふふふ、よく言うよ。でも、安心した、お父さんが今でもお母さんを愛しているんだと分かって。」「おいおいてれるじゃないか。」「今日の食事、お母さんも一緒にと思って、ここで待ち合わせたの。」「え!」と賢治の驚きまごつ
く様子に「だって、初ボーナスは家族でと前々から思って居たんだ。」「だって、お母さんの気持‐‐‐」「それなら大丈夫。一緒にいる私が、今でもお父さんを大事に思ってるって感じるから。」「それは真理子の想像だろう。」「だって、お父さんと別れた後、私がお父さんの悪口‐‐‐ごめん‐‐‐言うと、お母さん決まって、弁護するの。結婚前に一年間毎日一時間も電話してきたとか、心臓の発作が起きた時、大勢の人の目も気にしないで、背負ってアパートに送ってきて朝まで傍についていてくれたとか、熱が出て寝込むと見舞いに来て一晩中看病してくれたとか、お父さんがどんなに優しい人かなんて」
真理子の言葉を聞きながら賢治は、なにも非難めいた事も言わず、遠くから見守るような咲子の顔が浮んだ。一時はその目を4歳年上の妻に監視されてるのではないかと思った事もあった。そんな時はかならず、妻に対して後ろ暗い事があるときだったが。「そうか。あの人は優しい強さの人だから。」と云う賢治に、真理子は続けて「叔父さんがなくなって、2年ぐらいに聞いてみたの。離婚のこと。なぜ、おかあさんから希望したのかって。なんて答えたと思う?」「さあ?」「お母さんね、信頼して叔父さんの事頼んで亡くなったお祖母ちゃんの約束を守るには、どうしてもストレスで苦しんでいるのは解るけど、酒に逃げて暴れるおとうさんのホローは出来ない、叔父さんは、自分では何もできない赤ん坊のままの人だけど、お父さんは一人前の大人だし、妹として叔父さんを捨てられない。でも、自分も重い荷物を軽くしたい。そして、叔父さんの為、私のため、家族のためには、離婚がベストだと思えたの。って。その時お母さんの強さを感じたわ。」「そうか。あの人らしいな。」「で、お父さんも、お母さんも、相手が嫌いで別れたんじゃないって思った。月に一度のお父さんとの食事を勧めたのお母さんなの。」「えっ!」「そう、私始めは面倒臭かった。でも、お母さんが、真理子の命をくれた人だからって。感謝の気持ちで、お父さんに会って上げなさいって。」「うん。」「で、生意気なことだけど、大学に入ってから、お父さんを観察してたんだ。そして、やはり二人はやり直すべきだ、と思って、私が二人の鎹になりたいときめたの。」そう話し終えた時、トップへ入ってくる咲子の姿が、真理子の目に入った。「お母さん、こっち。」咲子は近づいてきて、賢治の姿に戸惑いを見せながら「おひさしぶり。」とぎこちない挨拶をする。「元気そうだね。」と賢治は答えた。
作品名:鎹の想い 作家名:檀上 香代子