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『喧嘩百景』第4話日栄一賀VS銀狐

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 様子を見る以前の問題だ。最初から全力でいかなければ何をされるか判らない。――裕紀だって充分警戒はしていたのに。
 ――あいつ、最初から俺たちを壊すつもりだ。
 裕紀の声が浩己の頭の中に響いた。
 彼ら双子は普通の人にはない能力を持っていた。口に出さなくても互いの声を聞くことができるのだ。
 ――絶対捕まるな。
 裕紀は言った。
 浩己は、腕を背中の方へ捻曲げられたまま俯せに倒された裕紀の身体をそっと仰向けにしてやった。どこが痛むのかはそれこそ痛いくらいに判っている。浩己はじんわりと伝わってくる苦痛に眉を寄せた。
 「あんた、よくもやってくれたな」
 浩己は腕をさすりながら立ち上がった。
 「そっちが仕掛けてきたんだろう」
 ごほんごほんと一賀が咳き込む。呼吸の回数もかなり多くなっていた。――どこか悪いのか?浩己は首を傾げた。顔色もずいぶん悪いようだし、呼吸も苦しげで、時折不規則に息を詰まらせている。
 「頭の悪い連中には身体に教えてやるのさ。二度と俺に手を出そうなんて気を起こさないようにな」
 一賀は自分の体調の不良もお構いなしで、手近に転がる暴走族を蹴り付けた。「ぐぅ」という呻き声だけが上がる。そいつらもどこかしら身体を痛められているのだろう、蹴られてももう反撃するつもりもないらしかった。
 肩で息をする一賀はにこりと笑顔を作るとそれを浩己の方へ向けた。――綺麗な顔。
 浩己は僅かに躊躇(ためら)ったが、裕紀を傷付けられた、その礼だけはしておかなければならない――きっ、と睨み返して拳を握った。
 大股で間合いを詰めて殴り掛かる。
 その腕を掴もうとする一賀の手を避(さ)けてもう一発腹を狙う。
 一賀は避(よ)けようともせずに、今度こそその腕を捕まえた。
 ――同じようにはいくかよ。
 浩己は掴まれた腕を引き寄せて一賀の腹に膝を入れた。
 浩己より頭一つ分ほど小柄な一賀の身体が、彼の腕の中に飛び込んできた。
 息が荒い。
 額にはうっすらと汗をかいている。
 一賀は浩己の腕に身体を預けたまま休んでいるようだった。
 軽い体重――。浩己は一賀の身体を支えるように持ち上げた。
 ――浩己!
 裕紀の声が頭に響くのと同時に、彼は一賀を突き飛ばして後ろへ飛び退いた。
 こめかみに痛みが残る。