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天井桟敷で逢いましょう 第二話 月追演芸場の一日

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天井桟敷で逢いましょう


第2話 演芸館での初日

「ぬをっ!?」
 目が覚めても真っ暗闇のままで、目を開けた事がわからないというのは、想像以上に焦るものらしかった。
 いったい何が起きたのか、覚醒しきっていない脳に直接来る混乱だった。
 そんな驚きで、無理矢理頭がはっきりさせられて、ようやく状況を把握する。
 そうだ、昨日は思い出しきれないほどにいろいろと紆余曲折があった末に、この月追演芸館という所に身を置く事になって、空いていた地下倉庫が割り当てられたのだっけ。
 手探りで枕元に置いておいた筈の電池式の卓上ライトを探り当て、スイッチを入れる。
 ようやく、まったく光源の存在せぬまま暗闇を溜め込んでいた倉庫に灯りが灯った。
「ふう……」
 舞台の下にあるだけに、広さだけはかなりある倉庫を、ほのかな灯りが燈るのは風情があると言えばあるが、なんとも朝には相応しくない雰囲気なのは確かなようだ。
 本来ならどこからか持ってきた卓上ライトだけが光源なわけがない。もちろん、倉庫のための明かりは存在するのだが、スイッチが寝床から大分遠くにある……、というか地下にあるこの倉庫から梯子を上って入口を開けて、廊下に出た所にあるわけだ。
 確かに倉庫という用途から考えれば、電源はそこにあったほうが都合がよいのは理解できる。とはいえ、寝る前に消しに行けば、その間に目が覚めてしまうというものだ。
 そんなわけで、こんな心許ない灯りのみを頼りに寝たのであった。
 ……ここに長居するのであれば、まず光源をなんとかせんとなー。
 ライトの横に置いておいた腕時計を、バックライトを点けて確かめる。
 午前5時。
 いつもジジイに叩き起こされていた時間だというのが、我ながら微笑ましかった。
 毛布から出した手が、けっこう冷える。
 灯りとともに暖房も必要かもしれん。
 自慢ではないが、寝起きは悪いほうではない。
 手早く着替えて、倉庫を出る。
 卓上ライトがないと真っ暗闇になるので、それを持ち歩きながら外まで出るのは、かなり間抜けた感じだ。懐中電灯なりカンテラなりも必要か。
 昨日まで泊まっていたホテルに備え付けてあったタオルと洗顔セットを持って地下から這い出す俺。
 晴れていたらしく、いきなり朝日が目に染みる。
 すっかり地下生物の気分だ。
 さて洗面所はどこだ?
 あ、そうか……。
 俺は楽屋へ向かった。

 この季節、この時間だと、まだ朝靄が軽く漂うようだ。ことに演芸ホールに中庭や周囲に緑が多いので、湿度も高いのだろう。
 朝一番に外へ出て、ちょっとした運動をするのは日課になっており、つい外に出てしまったのだが、先客がいた。
 ジャージにタンクトップ、髪はまだ整えていなのかタオルを巻いて留めてあった。そんな色気のない姿をした朱里がいた。
 気合とともに長い棒を振るっている。
 薙ぎ、払い、突き、返し、などなど一連の動作すべてが流れるようで、誰の目にも彼女が相当な手練れだとわかる。昨日、樟里が言っていた「下手すれば殺人になる」というのも、軽く振るっているように見えながら一々鋭い動きを見ていれば、あながち大袈裟ではなかったのだと理解できる。
「誰?」
 その一連の動作に組み込まれるように、朱里は俺の方を向いて棒を突きつけた。
「あー、邪魔したかな?」
「ふーん、けっこう朝早いんだ」
 それだけを確認すると、まるで何事もなかったように、彼女は型の反復を再開する。
「薙刀のように見えるけど、槍術のような動きもあるな」
「わかるの?」
 動きを止めないまま彼女は続ける。
 なんとなく、というより自分的にも日課ではあるので、俺も軽く準備体操を始める。
「体鍛えろとジジイに言われてな、剣道はやってた」
「一応、全部、かな」
「全部?」
「そ、流派の全部。剣術もやってるから木刀もあるよ。立ち会ってみる?」
 ちょっとだけ嬉しそうに彼女は言った。
 自慢じゃないが、俺の剣術なんて素人の手習いの域を出ないものだ。週に一回か二回ぐらいどっかの師範が来て手ほどきしてもらったぐらいで、あとは体力作りのために素振りを毎朝やっている程度である。
「無理。とてもじゃないけど、他人と立ち会えるほどの腕じゃない」
 そう答えると、彼女はどう理解したのか「そっか」と言って、それ以上は追求してこなかった。
「いや、けど、素振りぐらいはしときたいな。木刀は貸してもらえるか?」
「いーよ、ほら」
 と、一端、動きを留めて彼女は無造作に落ちている木刀を拾い上げて、俺に投げた。
 それを受け取って、構えて、振る。構えて、振る。
 あとはその繰り返しだ。
 さんざん師範に素振りの仕方だけはうるさく仕込まれている、「腕よりも間接を使って大地の重さを伝える感じ」と言われているが、正確な意味はわからない。ただ、両足の裏が掴んでいる地面を下半身の間接と重心を使って蹴り込んで、それで生じた力を剣に伝えるようにすると、ただ力任せに振るよりも威力が出るような気がするのは確かだった。それに、こうして剣を振るうと、それだけでなかなかよい全身運動になるので、身体を鍛えるにはちょうどよいんだろうとは思う。
「へえ」
 どういう意味かはわからんが、隣から感嘆符がついたような声がした気がする。
 一応、毎朝、目覚め代わりに素振り200回がノルマであった。
 とりあえず、集中する事にしよう。

「……190、191、192、193」
 いつのまにか声に出して数えていた。
「……196、197、198、199」
 ラスト1でノルマ達成と、ちょっとした達成感とともに最後の素振りを振るおうとした途端だった。
 す、と差し出された棒が見えたかと思うと、その棒の先が俺の持っていた木刀にまるで蔦のように絡まって、手になんの衝撃も感じないまま絡みとられてしまった。
「にひゃ……え?」
 間抜けた声は俺のもの。
 木刀は音も立てずに空を飛んで、やがて何時の間にか練習を終え、ジャージの上を羽織っていた朱里の手に収まっていた。
「あのね、けっこう筋はいいと思うけど。ラスト気が抜けすぎ」
「へ?」
「200で終わりーって、見ていて丸判りだったもの。それじゃ、鍛錬になんないよ」
 と彼女は指摘する。
「そ、そうか……」
「ま、おせっかいかと思ったけど。そういうの黙っていられないんで」
 そう言って、彼女は手にした木刀と棒を壁に立てかけると、
「じゃあ朝の稽古があるから、これで」
 と言って、走り去って行った。
 思わず、気を呑まれてしまったまま見送ってしまったが、木刀の取られ方といい、どうやら朱里は俺が思っている以上の使い手なのかもしれない。
 首を捻りながら、肩にあった湿ったタオルを取って汗を拭こうとすると、目の前によく乾いたタオルが差し出される。
「つい、口出ししちゃうのは、あの娘の性分なの。大目に見てあげてね」
 そんな優しい声をしているのは、確か昨日面識を得た中ではただ一人、樟里……さん(やはり立場的にも年齢的にも、こう呼ぶべきだよなあ)以外になかった。
 薄いピンクのパジャマにガウンを羽織っただけの姿は、ちょっとだけ目のやり場に困るような気がする。わりとスタイルがよいことに気づいてしまった。