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てっしゅう
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「哀の川」 第十七章 心変わり

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第十七章 心変わり


直樹と杏子の両親は大阪市内に手ごろなマンションを見つけ、震災の復旧が終わるまで、暮らすことに決めた。この日の朝、直樹と麻子は荷物を持って東京駅まで送って行った。母は孫の純一に会いたいし、時々会いに来るからと、直樹に言った。神戸の家の建て直しには協力するからと告げて、新幹線が出発してゆくのを手を振って見ていた。

「麻子、長い間気を遣ってくれてありがとう。感謝しているよ」
「いいえ、あなたのご両親だものそれぐらいは当たり前よ。私は同居してもらっているのだから・・・」
「今日は会社は若いものに任せて久しぶりに浅草でも行こうか?」
「いいわね!そうしましょう。初めてデートした時以来ね」
「そうだったね・・・電車に乗って行ったよね。昨日のことのように感じるよ。月日の経つのは早いなあ・・・」
「私は今年7月で40歳よ!ビックリ・・・もうおばあちゃんの仲間入りね・・・」
「何を言っているの!おばあちゃんだなんて。まだ独身でも通るよ!」
「ウフフ・・・相変わらずお世辞が上手いのね。でも、嬉しいわ。あなたは昔とちっとも変らない。銀座によって、ちょっとお洒落してゆこうよ。ね?二人で素敵な服を見つけましょう」
「いいね!賛成。春だし、きっと素敵な買い物が出来るよ」

二人は銀座をぶらつき、気に入った洋服を買って着替えた。バブルがはじけてボディコンはなくなったが、麻子はミニが好きだった。ジーンズ素材のミニにアニマル柄のトップを組み合わせた。直樹も同じくトラサルディーのジーンズにギンガムのボタンダウンと革ジャンを着合わせた。相変わらず綺麗なラインを維持している麻子のファッションにすれ違う男性は目をチラッとやる。直樹は気付きながら、少し自慢に思った。しかし、すれ違う女性が直樹をチラ見することは無かった。気に入らないと言えば、それが寂しかった。

「この格好で僕たちは夫婦に見えるのかなあ?」直樹は聞いた。
「さあ?どうでしょう・・・半分はそう見るかも知れないけど、半分は不倫同士に見てるかも・・・ウフフ、こんな派手な格好で夫婦としては歩かないものね。私はキャバ嬢に見えてるかも、ハハハ・・・」
「嫌なことを言うね。じゃあ、ボクはパトロンかい?なんか貧相に見えて情けないよ。髭でも生やそうかな・・・」

直樹は麻子との差が少し悔しかった。

「髭は辞めてよね、絶対に似合わないから。それより美容院でカットしてもらって、髪の毛染めたらいかが?今時横分けなんかダサいから」
「ダサい・・・って、この髪型がかい?じゃあ、どうしたらおしゃれなの?」
「そうね、まずは分け目をなくして全体にふんわりとまとめる感じね。濃いめのブラウンで色をつければ、今時だよ」
「帰りに美容院へ寄ってゆこうかな・・・キミの行っているところ、予約しておいてよ」
「本当に行くの?じゃあ、電話しておくわ。携帯貸して・・・」

麻子は地下鉄に乗る前に電話をかけた。

「直樹、16時に予約しておいたよ。二時間はかかるって。新宿だから帰りは中央線ね。私は純一のところにいるから、終わったらあなたも来て。構わない?」
「ああ、それでいいよ・・・みんなビックリさせよう!」
「そうね、きっと驚くわよ、たのしみ・・・」

浅草でデートを済ませた二人はうなぎを食べて、直樹は新宿へ、麻子はカラオケ喫茶「好子」へ向かった。
まだ開店前の店には鍵がかかっていた。インターホンを押して来たことを伝えた。杏子が鍵を開けて中へ案内してくれた。

「麻子さん!珍しいですわね?どうなされたの?」
「ええ、直樹と浅草に行っての帰りなの。これお土産の人形焼・・・後で直樹が来るから待たせて頂ける?純一は?」
「ありがとうございます。構いませんが、純一は部活があるから6時過ぎになると思いますよ」
「部活?何に入ったのかしら?知らせてくれなかったみたいね」
「はい、最近なんです。先輩に誘われて、ESSなんです。何でも一年生が辞めちゃっていなくなったからと、勧誘されたみたいです」
「そうなの、ESS・・・ね。英語に関心があったのかしら」

少し話しているうちに純一は帰ってきた。
「ママ!どうしたの?パパは?」
「パパは・・・美容院なの。今二人で浅草に行った帰り。純一に会いたくて立ち寄ったのよ」
「美容院?パパが?まさか染めてるの?」
「ええ、まさかよ!変身するって言ってわよ、ハハハ・・・」

純一はしばらく言葉が出なかった。

杏子の店はやがて開店した。麻子は二階で純一としばらく話していたが、直樹が来そうな時間になったから下へ降りてきて、お店のカウンターテーブルでコーヒーを飲ませてもらうことにした。純一も降りてきて、店を手伝うことになった。数人の常連客がいつものように歌っていた。

「いやあ、純一君!あれ?今日はお母さんと一緒かい?しかし、キミも男前だけど、お母さんは本当に美人だね!この親にしてこの子あり?か、ハハハ・・・」
「いつも純一がお世話になります」麻子は挨拶をした。客は恐縮して、頭を掻いていた。麻子が座っている椅子に男性客の視線は集中する。そのはずだ。もう下着が見えそうなぐらい短いスカートをはいていたわけだから、高めの椅子に座って足を組んでいると、それはもうキャバクラ嬢のような光景になって見えていたのだ。

純一が母親のところへ寄ってきて耳打ちした。
「ママ、見えてるよ。恥ずかしいから、足組まないで」
子供にそう言われて、はっとした。そんなところに気遣いが出来るようになっていたことにも驚かされた。
直樹が入ってきた。みんな一斉に振り返り、誰だろうって見ていたが、純一が「パパ!」と叫んだので、気付かされたようだ。目の前の直樹は、そのまま歌手としてステージに上がってもおかしくないほど、洗練された印象に変身していた。

杏子はじっと見つめて、笑いながら声をかけた。
「直樹、いらっしゃい。皆さん!純一のパパですよ!芸能界デビューなのかな?」
「おい、姉さん、茶化すなよ!純一どうだ?印象は?ママも?」
「パパ、いいよ!ママとこれで釣り合いが取れるよ。しかし、驚いたなあ・・・」

直樹と麻子はテーブル席に座って、コーヒーを飲んでいた。麻子は直樹の変りように感心した。正直カッコいいと今まで思ったことが無かったが、今日は別だと思った。歌は上手いから、こういうところへ通うときっと、モテるだろうとちょっぴり嫉妬した。


店が閉店して両親が帰った後、店内で掃除をしながら、純一は自分の両親が若くてお洒落なことに嬉しくなっていた。パパとママは本当に仲が良い・・・そう強く感じられたからだ。杏子もそのことは感じていた。純一の勧めで先に入浴をしていたから、二階から声をかけてきた。

「純一!お先にありがとう。入っていいよ」
「うん、今行く」
さっと脱いで、純一は風呂に入った。今日は両親が来ていたので、また杏子とのことを聞かれるかとびくびくしていたが、それには触れずに、学校のことや、部活のこと、神戸の両親のことなどを話してきた。

片付けを終了して杏子は上がってきた。純一も入浴を済ませ寛いでいた。布団を敷いて、横になっている純一に話しかける。

「部活はどう?新しく何人か入部したの?」