「初体験・千代子編」 第一話
千代子の目から涙がこぼれていた。雄介の自分に対する優しさが嬉しかったことと、好きだという思いがより強くなってしまったからだ。もうこの人に任せよう・・・はっきりとそう決心した。
そっと伸ばした右手が雄介とつながれた。黙ってタクシーを停めた千代子はある場所の近くまで行くように指示した。京都の町は千代子の庭のような場所だったからどこへ行けば二人だけになれるのか解っていた。恋愛は知らなくてもそういう場所は大人だから知っていた。
「後悔はしないの・・・雄介さんが好きだから。今日だけでいいからあなたの優しさが欲しい・・・わがまま聞いて」
「千代子さん、おれ・・・なんか悪いような気がします」
「誰に?」
「お見合いをする方です」
「決めた訳じゃないのよ。約束もしてないし・・・雄介さんがいやなら・・・帰るからはっきりと言っていいのよ。勝手な頼みなんだから」
「怒りましたか?」
「ううん、正直にそう言っただけよ。初めて好きになったあなたと結ばれたいって・・・そう思っただけだから」
「一度きりなんですよね・・・俺が好きになったらどうしてくれますか?」
「雄介さんが私のことを好きになるって、考えられない。あなたには彼女がいるんでしょ?私みたいな年上なんかよりいいに決まってるじゃないの」
「割り切れるんですね、千代子さんは・・・」
「あなたは無理なの?」
「解りません・・・」
「私だって解らないって言う方が当たっているのよ。何もかもが初めてなんだから・・・こうして手をつなぐことだって好きな人とは初めてなのよ。キスだってした事が無いし・・・今でもあなたのことが好きなのに、本当にお見合いをしてハイ結婚しますって言えるかどうかわからない・・・
でも、あなたの優しさを最後だと割り切れば・・・出来るかも知れないって思うの。自信は無いけど、このままじゃ絶対にあなたを引きずってしまう」
「千代子さんは大人の女性なんですね。俺自信ないなあ・・・」
「雄介さんの思う通りでいいから・・・もう目の前よ、いいわね?」
「はい・・・」
作品名:「初体験・千代子編」 第一話 作家名:てっしゅう