舞うが如く 第六章 13~16
「先日、老農の使いで良太と言う若者が来た。
沢山の野菜を抱えてきて、世話になった礼だと言って
置いていったのだが、
お前には、それなりの心当たりがあるであろう。」
「はい、それなりには。」
「もう、この先の時代などには
凄腕の剣士などは、一人も残ってはおらぬぞ。
いい加減なところで腹をくくって、
適当なところで、嫁いでみたらどうである?
良太とかいう、あの青年だが
なかなかに知恵もあるし、思いやりもあるようだ。
聞けば、天狗騒動を指揮した古老の弟子というではないか。
庄内の農民にも、なかなかに気骨のある者がいるようだ。」
「兄上、
琴にそのつもりは、毛頭もありませぬ。」
「そうであるのか?
もったいない話である。
お前のことを、まんざらでもないと、
良太と言うその青年が、白状をしていったのだが・・・。
なんだ、その気が無いのか、
お前には。」
「滅相もない」
「そうか、
では、帰るのか?
しかし、戻ったところで上州には、
婿の候補などは、これっぽっちも残っておらんぞ。
お前が、あれほどさんざんに打ち負かしてきたものだから、
もう誰一人として、あらためて嫁には欲しがるまい。
良いのかそれでも・・・
惜しいのう。
いい若者で有るぞ、あの良太とかいう若者も。
どうしても駄目か?。」
「知りませぬ」
「そうか、
農家と言えば、食うには困らぬものを。
おい、お前たちの伯母さまは、
かなりの強情者で有るぞ。
どれ、それでは、俺が行って、
断ってきてやろう、
良太が、首を長くして待っているであろう。」
「まさか、兄上!」
「ははは、冗談で有る。
年が明けたら、上州へ旅発つゆえ、
お前も、身辺を整理するがよかろう。
なんなら、旅の道連れに
良太も連れていってもかまわぬぞ。」
「ありえぬ話でございます。」
「そうそうむきなる話でもになかろう。
もう少し、時が有れば、何とかなったものを・・・
まことにに残念ないきさつである。
まぁ、それはそれとして、
世話になった方々も沢山いることで有り
ひととおりにご挨拶もいたさねばならぬであろう、
どれ、一回り出かけてまいる。」
散々に、琴をからかってから、
良之助が、二人の子供を引き連れて新徴住宅に残る
仲間の処へ挨拶にと出かけました。
良之助の背中と肩のあたりに、
安堵の気配が漂っているように見えるのは、
まんざら表の、温かい日差しのせいばかりではなさそうです。
第六章・ 完
作品名:舞うが如く 第六章 13~16 作家名:落合順平