「初体験・北海道旅行編」 第一話
第一話
待ちに待った北海道旅行の日がやって来た。一学期の終業式がすんで自宅に帰った雄介はすぐに明日からの出発に備えて荷物をまとめていた。なるべく手軽にするために最小限の持ち物を選んだ。一番大きな持ち物はシュラフ(寝袋)だった。公園や駅で夜明かしをするために絶対に欠かせなかったので一番軽くてコンパクトになる高級品を買った。後は着替えと洗面具、薬と化粧品などを詰めてリュックサックは一杯になった。その日の夜に両親と弟たちに日程などの話をして早めに睡眠をとった。
朝一番の大阪発東京行き臨時急行に乗って4人は出かけた。
新幹線は周遊切符では乗れなかったので唯一東海道線を走っている急行電車を選んで乗った。夏と言うのに冷房は効いていない。
窓を開けて風を取り入れながら首に巻いたタオルで汗を拭う。7時間ほどかけて列車は東京駅に着いた。お腹が空いていたので22時出発の急行八甲田に乗る前にラーメンを食べて腹ごしらえをした。上野駅は旅行客と帰省客とで混雑をしていた。長い列に並んで乗り込んだが、自由席は満席で青森まで立って乗らなければいけなくなってしまった。出発して二、三時間は平気だったが足が疲れてきて立ってられなくなり床に座ったり、寝そべったりして真っ暗な深夜の景色を見ながら涼しい風に変わって行く東北道を列車は走っていく。
停車駅に着くと車内の通路が通れないためホーム側の窓を全開してそこから出入りをしてトイレに行ったり、ホームでタバコを吸ったりしていた。
女性の客は可哀そうだった。なぜならトイレのある車両までなかなか行けなかったからである。男性は到着したホームの反対側で用を足していたから平気だったが、中には我慢しすぎて気分を悪くした女性もいた。深夜のホームではトイレは使えなかった。車掌に誘導されて何人かの女性が特別に電気をつけてもらってホームのトイレを使わせてもらっていた。
そんな事で電車は遅れて出発をしながら明け方に終点青森駅に到着した。8時間を越える乗車でさすがに雄介も疲れていた。
肌寒い青森港の傍で開いていた喫茶店を見つけた。毎年この季節この時間に急行がつくから連絡船が出てゆくまでの時間営業をしているのだろう。
4人は早速中に入って温かいコーヒーとサンドイッチを注文して旅の疲れと空腹を満たした。
「雄介、良かったな店が開いていて」
「そうだな・・・コーヒーが飲みたかったから助かったよ」
返事を返したのはこの旅行の発案者、クラスメートの伊藤明徳だった。もう二人高城成一(たかしろせいいち)と塚本克弘(つかもとかつひろ)がいた。
高城は成績も良いクラスメートだったが塚本は雄介の中学の時からの友人でクラスは違っていた。この旅行で高城と伊藤とは初めて話すことになった。
最初は3人で行く予定にしていたのだが話を聞いた塚本が「俺も行きたい」と願い出て伊藤も高城もしぶしぶ了解して出かけることになった。
趣味や考え方が他の三人とはちょっと違っていた塚本はなぜか女性にはもてていた。ルックスはそれほどでもなかったが口が達者なのである。
物怖じしないというか、いいと思った女性にはすぐに寄って行って声をかけるのである。この行為を中でも高城は嫌っていた。
「塚本は見境無く声をかけるので恥ずかしいから旅行中は辞めるように言ってくれないか、雄介」
「言ってはみるよ、でもあいつはそういう性分だから治らないかも知れないよ高城」
「俺らまで同じように軽薄に見られるから嫌いなんだよ。伊藤だって嫌な顔してるな。お前が一番仲がいいんだから強く言ってくれよ」
「解ったよ、言うけど治らなかったらどうする?」
「どうするって・・・もう出かけちゃったしどうしようもないだろう。口を利かなくするかもしれないけど仲良くしたいしな、そうならないようにしてくれ」
雄介は強く塚本に遠慮するように話しかけた。
「雄介が言うんだったら・・・仕方ないな。ちょっとだけ我慢するよ」
しかし塚本の約束は青函連絡船に乗った時点で消されてしまった。気がついたらデッキで女性と話していたから三人は呆れ顔になって、それから高城と伊藤はあまり塚本と口を利かなくなってしまった。二等船室の席に戻ってきた塚本は雄介の傍に来て話をし始めた。
「なあ、雄介。お前彼女いただろう?名前なんて言ったっけ?」
「佳恵だよ」
「そうそう、佳恵とはどこまでいったんだよ?」
「何でそんな事聞くんだ?」
「いや、俺らぐらいの付き合いってどこまでが当たり前なんだろうかって考えたんだよ」
「人によって違うんじゃないの?」
「そうだけど・・・お前はどうなんだ?」
「答えたくないけど・・・まあ、克弘だから言うけど、最後までしてるよ」
「やっぱりな・・・じゃあ俺が女の子を好きな気持ちは解るよな?お前だって好きだからしたんだろう?」
「お前とは違うよ。好きになってからそうしたいって思ったんだから」
「本当か?だれでも良かったんじゃないのか初めは?出来たら・・・」
「そう思いたいならそう思えよ。それよりな、高城たちと仲良くしてくれよ。一緒に旅行するんだから合わせてくれないと気まずくなるから」
「そう思っているよ俺だって。あいつら何かと言うと女と仲良くしやがってって言うから嫌なんだよ。迷惑なんかかけてないしな。自分だって可愛い子が欲しいに決まっているのに格好つけやがって・・・だから童貞はいやなんだよ」
「解らないぞ、やってるかもしれないし」
「俺に言わせたら・・・ありえないね。清く正しい交際なんて考えている奴らは女心なんか解らないから恋愛なんて出来ないんだよ。雄介は違うから彼女だって許してくれたんだよ。違うかい?」
塚本の言った言葉は「なるほど」と雄介を納得させた。
ひょっとして片意地を張っている伊藤や高城の方が心の底では女を欲しがっているのかも知れないと思った。
青森港を出て4時間ほどで函館港に連絡船は着いた。途中少し揺れたが船旅はそれほど悪いものではないと雄介は感じていた。5月に行った修学旅行も大阪南港から瀬戸内海連絡船「むらさき丸」で別府まで乗ったから二度目の体験となる。
初めて北海道の地を雄介たち4人は踏んだ。初日は札幌まで急行電車で行き市内観光と有名な時計台を見てユースホステルに宿泊した。
駅の構内で喉が渇いたので飲んだ牛乳は今まで味わった事のない濃さとコクがあって美味しかった。当たり前に飲んでいる北海道の人が羨ましかった。毎朝家に届けられる牛乳とは別物だと思うからだ。
札幌から旭川を経由してどこまでも続く水平線を見ながら阿寒湖のユースホステルに泊まり、摩周湖も見学した。歌にある「霧の摩周湖」そのものだった。全く何も見えない展望台からはただ肌寒さを堪えるのが精一杯だった。
「ここまで来て、これはないよな。せめてもう少し見えるといいんだけど・・・」
「雄介、仕方ないよ。霧の摩周湖なんだから」
「そうだな・・・寒いからもう帰ろうか」
バスで下山して再び網走に向って列車に乗った。オホーツク海を走る小さなディーゼル列車は夏の間だけ出来る「原生花園」の駅に着いた。
待ちに待った北海道旅行の日がやって来た。一学期の終業式がすんで自宅に帰った雄介はすぐに明日からの出発に備えて荷物をまとめていた。なるべく手軽にするために最小限の持ち物を選んだ。一番大きな持ち物はシュラフ(寝袋)だった。公園や駅で夜明かしをするために絶対に欠かせなかったので一番軽くてコンパクトになる高級品を買った。後は着替えと洗面具、薬と化粧品などを詰めてリュックサックは一杯になった。その日の夜に両親と弟たちに日程などの話をして早めに睡眠をとった。
朝一番の大阪発東京行き臨時急行に乗って4人は出かけた。
新幹線は周遊切符では乗れなかったので唯一東海道線を走っている急行電車を選んで乗った。夏と言うのに冷房は効いていない。
窓を開けて風を取り入れながら首に巻いたタオルで汗を拭う。7時間ほどかけて列車は東京駅に着いた。お腹が空いていたので22時出発の急行八甲田に乗る前にラーメンを食べて腹ごしらえをした。上野駅は旅行客と帰省客とで混雑をしていた。長い列に並んで乗り込んだが、自由席は満席で青森まで立って乗らなければいけなくなってしまった。出発して二、三時間は平気だったが足が疲れてきて立ってられなくなり床に座ったり、寝そべったりして真っ暗な深夜の景色を見ながら涼しい風に変わって行く東北道を列車は走っていく。
停車駅に着くと車内の通路が通れないためホーム側の窓を全開してそこから出入りをしてトイレに行ったり、ホームでタバコを吸ったりしていた。
女性の客は可哀そうだった。なぜならトイレのある車両までなかなか行けなかったからである。男性は到着したホームの反対側で用を足していたから平気だったが、中には我慢しすぎて気分を悪くした女性もいた。深夜のホームではトイレは使えなかった。車掌に誘導されて何人かの女性が特別に電気をつけてもらってホームのトイレを使わせてもらっていた。
そんな事で電車は遅れて出発をしながら明け方に終点青森駅に到着した。8時間を越える乗車でさすがに雄介も疲れていた。
肌寒い青森港の傍で開いていた喫茶店を見つけた。毎年この季節この時間に急行がつくから連絡船が出てゆくまでの時間営業をしているのだろう。
4人は早速中に入って温かいコーヒーとサンドイッチを注文して旅の疲れと空腹を満たした。
「雄介、良かったな店が開いていて」
「そうだな・・・コーヒーが飲みたかったから助かったよ」
返事を返したのはこの旅行の発案者、クラスメートの伊藤明徳だった。もう二人高城成一(たかしろせいいち)と塚本克弘(つかもとかつひろ)がいた。
高城は成績も良いクラスメートだったが塚本は雄介の中学の時からの友人でクラスは違っていた。この旅行で高城と伊藤とは初めて話すことになった。
最初は3人で行く予定にしていたのだが話を聞いた塚本が「俺も行きたい」と願い出て伊藤も高城もしぶしぶ了解して出かけることになった。
趣味や考え方が他の三人とはちょっと違っていた塚本はなぜか女性にはもてていた。ルックスはそれほどでもなかったが口が達者なのである。
物怖じしないというか、いいと思った女性にはすぐに寄って行って声をかけるのである。この行為を中でも高城は嫌っていた。
「塚本は見境無く声をかけるので恥ずかしいから旅行中は辞めるように言ってくれないか、雄介」
「言ってはみるよ、でもあいつはそういう性分だから治らないかも知れないよ高城」
「俺らまで同じように軽薄に見られるから嫌いなんだよ。伊藤だって嫌な顔してるな。お前が一番仲がいいんだから強く言ってくれよ」
「解ったよ、言うけど治らなかったらどうする?」
「どうするって・・・もう出かけちゃったしどうしようもないだろう。口を利かなくするかもしれないけど仲良くしたいしな、そうならないようにしてくれ」
雄介は強く塚本に遠慮するように話しかけた。
「雄介が言うんだったら・・・仕方ないな。ちょっとだけ我慢するよ」
しかし塚本の約束は青函連絡船に乗った時点で消されてしまった。気がついたらデッキで女性と話していたから三人は呆れ顔になって、それから高城と伊藤はあまり塚本と口を利かなくなってしまった。二等船室の席に戻ってきた塚本は雄介の傍に来て話をし始めた。
「なあ、雄介。お前彼女いただろう?名前なんて言ったっけ?」
「佳恵だよ」
「そうそう、佳恵とはどこまでいったんだよ?」
「何でそんな事聞くんだ?」
「いや、俺らぐらいの付き合いってどこまでが当たり前なんだろうかって考えたんだよ」
「人によって違うんじゃないの?」
「そうだけど・・・お前はどうなんだ?」
「答えたくないけど・・・まあ、克弘だから言うけど、最後までしてるよ」
「やっぱりな・・・じゃあ俺が女の子を好きな気持ちは解るよな?お前だって好きだからしたんだろう?」
「お前とは違うよ。好きになってからそうしたいって思ったんだから」
「本当か?だれでも良かったんじゃないのか初めは?出来たら・・・」
「そう思いたいならそう思えよ。それよりな、高城たちと仲良くしてくれよ。一緒に旅行するんだから合わせてくれないと気まずくなるから」
「そう思っているよ俺だって。あいつら何かと言うと女と仲良くしやがってって言うから嫌なんだよ。迷惑なんかかけてないしな。自分だって可愛い子が欲しいに決まっているのに格好つけやがって・・・だから童貞はいやなんだよ」
「解らないぞ、やってるかもしれないし」
「俺に言わせたら・・・ありえないね。清く正しい交際なんて考えている奴らは女心なんか解らないから恋愛なんて出来ないんだよ。雄介は違うから彼女だって許してくれたんだよ。違うかい?」
塚本の言った言葉は「なるほど」と雄介を納得させた。
ひょっとして片意地を張っている伊藤や高城の方が心の底では女を欲しがっているのかも知れないと思った。
青森港を出て4時間ほどで函館港に連絡船は着いた。途中少し揺れたが船旅はそれほど悪いものではないと雄介は感じていた。5月に行った修学旅行も大阪南港から瀬戸内海連絡船「むらさき丸」で別府まで乗ったから二度目の体験となる。
初めて北海道の地を雄介たち4人は踏んだ。初日は札幌まで急行電車で行き市内観光と有名な時計台を見てユースホステルに宿泊した。
駅の構内で喉が渇いたので飲んだ牛乳は今まで味わった事のない濃さとコクがあって美味しかった。当たり前に飲んでいる北海道の人が羨ましかった。毎朝家に届けられる牛乳とは別物だと思うからだ。
札幌から旭川を経由してどこまでも続く水平線を見ながら阿寒湖のユースホステルに泊まり、摩周湖も見学した。歌にある「霧の摩周湖」そのものだった。全く何も見えない展望台からはただ肌寒さを堪えるのが精一杯だった。
「ここまで来て、これはないよな。せめてもう少し見えるといいんだけど・・・」
「雄介、仕方ないよ。霧の摩周湖なんだから」
「そうだな・・・寒いからもう帰ろうか」
バスで下山して再び網走に向って列車に乗った。オホーツク海を走る小さなディーゼル列車は夏の間だけ出来る「原生花園」の駅に着いた。
作品名:「初体験・北海道旅行編」 第一話 作家名:てっしゅう