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舞うが如く 第六章 10~12

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 「旨い事を言うのう。
 確かに、その通りになるであろう。
 ワッパとは、ヒノキや杉で作った弁当箱のことであるが、
 納め過ぎた租税を、この弁当箱に一杯になるほど
 取り戻せるぞという話を聞けば、
 飢えた農民たちが、本気で、必死になるのも無理はない。
 大騒動となる要因は、それだけでも十二分にある。」



 「それは・・・
 ご老人が指揮をされた天狗騒動のとき以来、
 ず~といだいている、根の深い、
 支配層へのやりきれない不満の様ですね。」


 

 「年貢を、絞り取られていたころは、
 武士の天下で、文句を言えばたちどころに問答無用で、
 切り捨て御免の時代であった。
 百姓一揆にしろ、打ち壊しの騒動にしろそのいずれもが、
 命をかけての百姓たちの、抗議行動そのものであったと言える。
 ところがあれほど大騒ぎをして、
 時代が変わり、明治という新政府ができても、
 県を支配するのは、あいかわらず旧庄内藩の役人たちだ。
 慶応から明治にと、またひとつ年号が変わっただけで、
 庄内は、昔となにひとつ、
 いまだ変わってはおらんようだな。」



 老人がまぶしそうに、目を細めました。
見やった彼方から一人の大柄な青年が、こちらに駆けてくるのが見えました。
あちこちがほつれた野良着からは、強靭そうな若い筋肉が覗いています。




 「おう、爺、ここにおったか・・・
 村で一大事が始まりおったぞ。
 急いで戻って、みんなを指示してくれ。
 もう、上へ下への大騒ぎになっちまった。」



 「これこれ、待たぬか、
 ここには客人が居る。
 琴殿、この若者は良太といって、
 村でもなかなかの若者の一人であるが、
 少々、気の早いのが玉にきずだ。
 読み書きは出来ぬが、そこそこには機転は利く。
 まァ、一番の取り柄といえば、
 見た通りの、頑丈な身体だけだがのう。」



 老農が、大汗を流す青年を見上げながら、
嬉しそうに大きな声で笑い始めました。
しかし、この大柄な青年は顔を真っ赤にしたまま、老農をせかし続けます。



 「役人どもがやってきて、
 県に盾つく反乱などは、もってのほかだと脅したあげ句、
 主だった指導者たちを、片っ端から連行すると意気込んでいる始末だ。
 現に、隣村では20人余りが、一斉につかまったと言う噂だ、
 呑気に構えてないで、急いで戻っておくれ。」



 「ご老体は、やはり
 天狗騒動の時の、名のある指導者の
 お一人だったのですね。」



 「いやいや、
 只の年老いた、百姓だ。
 物好きだけが取り柄の、おいぼれじゃよ。」


 ようやくのことで、「どれっ」と、
労農が、ゆっくりと腰を上げ始めました。