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掌編集【Silver Bullet】

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 昼過ぎに眼が覚めた。日差しは暖かく、少し汗ばむほどだ。そのくせ、時折冷たい隙間風が吹くのだから、汗ばんだ身体が冷えてしまう。
 最近夢見が悪い気がする。妙な夢ばかり見てばかりで、起きた時は必ずと言って良いほど、身体が冷えている。どうやら、自分は身体を冷やすとロクな夢を見ないタチらしい。
 と言っても、厭な気持ちだけ残っていて、夢の内容は全く覚えていないのが常である。
 最近夢に振り回されっぱなしで、どうにも居心地が悪い。というか、夢オチばかりでどうかと思わないでもない。
「やぁ、お土産だよ」
「きめぇ、この素人童貞」
「なんでいきなりそんなに辛辣ななんだよっ!」
 そんな妙に爽やかな笑顔で、私の寝起きを襲撃したのは、もう語るまでもないだろう。友人のMであった。
 この友人のMを扱いを決めあぐねている今日この頃であるが、いつものように彼は私の部屋に現われる。
 彼には自宅がない。それ故に彼が私の部屋に転がり込んでくることは分かってはいる。それ故に扱いが困る。普通なら追い出すこともやぶさかではないが、この男の場合はそもそも寝床が車だ。そうなると追い出した自分が悪者みたいである。
「寝起きで見たくないモノの一つなんだよ、お前の顔は」
「見たくないモノって言ったなっ! 見たくない顔ならまだ気持ちマシだけど、モノ全般から代表されるとかなりヘコむんですけどっ!」
 まあ、こればかりは扱いを保留するしかないのか。そう思うと余計にこの男の笑顔が憎たらしくなってくる。私は重い頭を抱えながら布団から這い出る。
 コーヒーを飲むために、手鍋に水を張る。
 もう昼時なので残りのお湯でインスタントラーメンをこしらえるのも悪くない。万歳インスタント生活っ!
「――ってもうちょっとは体のことを考えろ」
 私がインスタントラーメンを棚から引っ張り出した辺りで、Mはそう私のお尻に蹴りを入れる。
「何をするっ! なんだ、いきなりスパンキングにでも目覚めたかっ!」
「うっせぇっ! なんでそんなにインスタント食品を備蓄してんだよっ!」
 良いじゃないか、インスタント食品。時間も節約できて、中々に安価だ。こんなすんばらしいモノ、現代文明の利器と言わずになんと言う。
 その旨をMに叩きつけると、Mは――。
「現代文明の利器は大抵身体に不健康なモノを吐き出すんだよ」
 と、そうのたまった。
 ぐぅの音も出ない。いつか泣かすことを胸に誓いながら、私はインスタントラーメンにお湯を入れる。
「あ、俺、シーフードな」
「お前も食うのかよっ!」
 どうやら、腹が立ったのは私が昼飯の手を抜こうとしたからのようだ。当然のように相伴に預かろうとするこの友人は相当卑しい。無闇に餌付けするモンじゃなかった。
 さて、シーフード味カップラーメンでMを餌付けしながら、今日の計画を立てる。
 とりあえずサークルに顔を出して、そしてさっさと帰宅して、ご飯食べて、お風呂に入って、そして……。
 ダメだ、眠い。もうやたら眠い。ここ最近は夢見は悪い所為か、眠気だけはひねもすのたりのたりと頭の中を蠢いている。
 寝ても寝ても寝足りない。おかげでここ数日は暇さえあれば寝てばかりいる。
 寝たら疲れてしまうのだ。だからすぐに睡眠を取ると、やっぱり疲れてしまう。疲れが取れずにここ数日の生活にも支障が出てしまうほどだ。
 とりあえず、今日は何もするでもなし、さっさと寝てしまおう。
「あ、今日も部屋借りていいか?」
 ……もしかして、ここ数日の夢見の悪さと寝疲れは案外、こいつの所為かも知れない。

 ――うみぞこのくじらが呼ぶ。彼の歌が深海にて反響する。
 海底砂漠に横たわるうみぞこのくじらは、少しずつ身体を食われながら、私をじぃっと見つめる。眼は既にないというのに、その視線は私を射抜く。
 夜の海の静けさが耳に痛い。夜の海底砂漠には生き物の姿は皆無に等しい。唯一、うみぞこのくじらの周りにだけ、むせ返るほどの生命の息吹を感じられる。
 暗くて静かな海底にて眠るうみぞこのくじらは、寂しげにも見える。だが、同時に安らかでもあった。静かで暗い海の底。ここでなら、静かに眠れるのだろうか。
 ああ、眠い眠い。この海でなら、静かに眠ることができるのだろうか。
 ――ここでなら――ここでなら。
「おいっ! 何してんだっ!」
 ふと、聞き覚えのある声がした。
 意識が浮上する。急速に海底から引き上げられる意識は、圧力で収縮されていた空気が爆発的に膨張するように覚醒していく。
「何してんだよ、お前っ!」
 Mの声だ。私はぼぅっとした頭でその声を受け入れる。
「……何って、ただ寝てた、だけ」
 そう答えて、ふと違和感が頭を掠める。だって、私は今、眠っているクセに立っているのだ。冷たい空気が頬を掠めて、その風の所為で身体が冷えてしまっている。
 私が立っていたのは、どうやら波止場の先端。立入禁止の柵を越えた先のようだった。
 寝間着のまま、数キロは離れている海まで歩いてきたようで、身体がぐったりと疲れていた。
 思わず、座り込んでしまった。何で自分はここにいるのだろうか? 自分はただ眠っていただけじゃないのか?
 ――そしてそもそも、ナンデワタシハココニイルノダ?
 くじらの歌声を幻聴した。

作品名:掌編集【Silver Bullet】 作家名:最中の中