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世捨て作家
世捨て作家
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HOPE 第五部

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True episode 烏丸綾人 後篇2


 いつからだろう。
 俺達が笑わなくなったのは……。



 昇降口には、何枚もの枯葉が散っていた。
 もう、秋が来た。
 そんな季節を予感させている。
 野球部の三年生は受験勉強の為に引退し、俺や蓮や他の二年生が部活のトップに着いた。
 引退していった三年生など、俺にとってはどうでも良かった。
 皆は記念に野球ボールを先輩に渡したりしていたけれど、俺はそんな事はしなかった。
 どうせ、会う機会もかなり減るだろうし。

 二年用の靴箱に、沙耶子が茫然と立っていた。
「沙耶子、どうした?」
 沙耶子はビクッと肩をならし、こちらを振り向く。
「な、なんでもないよ」
 明らかに、何でもない様には見えない。
「ほら、行こうよ。早くしないとホームルーム始まっちゃうよ」
 何かを隠している。
 彼女の態度を見るだけで、それは明白だった。

 休み時間になると、沙耶子は周りの目を気にする様に俺の元へ来た。
「綾人君。見て欲しい物があるんだけど」
 差し出されたのは、四角い封筒に入った便箋だった。
「読んで良いか?」
「うん」
 読んでみると、その手紙の内容からして、ラブレターだという事が分かる。
 沙耶子は、俺の目から見て、性格は良いし容姿も可愛らしい。
 好意を持つ奴がいてもおかしくはない。
 相手は誰なのだろう。
 そう思い、便箋の一番下の行に目を落とした。
 光圀幸太。
 便箋の一番下には、その名前が書かれていた。
 
沙耶子と話し合った結果、蓮と美咲にこの件は話さない事にした。
 もし、美咲の耳に入ったら、俺達の関係が危うくなってしまうかもしれないから。

 手紙には、昼休みに校舎の裏で会いたいと書かれている。
 昼休みなると沙耶子は、一人で光圀先輩の元へ向かった。
 光圀先輩が、沙耶子に何か変な事をするとは思えない。
 しかし、とてつもなく嫌な予感がする。
 いったい、光圀先輩は何を考えているのだろう。
 美咲という彼女がいるのに、どうして沙耶子を……。

 昼休みの終わるチャイムが鳴る頃、沙耶子は教室に戻って来た。
「どうだった?」
 心配そうに問う俺に、沙耶子は微笑む。
「特に何もなかったよ。私なんかじゃ、光圀先輩みたいな人には吊り合わない。やっぱり、美咲みたいな素敵な人と一緒にいるべきです。そう言って来たの」
 なんとなく安心した。
 沙耶子が俺から離れてしまう。
 そんな気がしていたから。
「そういえば、光圀先輩には美咲がいるのに……どうして沙耶子を?」
「分からない。でも、美咲を大事にしてって言って来たから、大丈夫だよ。きっと」
「……そう、だよな……大丈夫だよな」
 きっと、大丈夫。
 思い続け強がる事しか出来なかった。

 放課後、俺は部活をサボり、沙耶子と二人で帰り道を共にした。
 いつもの土手道に自転車を停め、二人で芝生に座った。
「ねえ、どうして今日は部活をサボったの?」
 ただ、沙耶子と一緒にいたかったから。
 そんな事を、面と向かって言える筈もなかった。
「さぁな。なんとなく、今日は部活へ行くのが面倒だったんだよ」
 彼女の手が、俺の手の甲に添えられる。
「?」
「正直に話して」
 俺を見る瞳は真っ直ぐで、全てを見透かされている様な気がした。
「……怖かったんだ。このまま、お前が俺の前からいなくなりそうで……」
 俺の声は震えていた。
 なぜ?
 何も分からない。
 ただ言える事は、沙耶子が隣にいるだけで安心する。
「大丈夫だよ。私はどこにも行かないから」
 その言葉だけで、世界が晴れて見えた。
 その言葉を聞けただけで、心が満たされたのだ。


 翌日、学校へ行くと美咲が泣いていた。
 周りでは彼女の友人達が、優しい言葉を掛けている。
 美咲は、手で顔を覆い、鼻を啜り、まるで周りの言葉を聞いていない様に見える。
 近くに蓮がいたので、事情を聞いてみた。
「美咲、光圀先輩に振られたらしいぜ。受験に集中させて欲しい。美咲といると、疲れるって。そう言われたらしい。まあ、中学生の恋愛なんて、そう長続きする物じゃない。美咲にそう言ったら、物凄い顔で睨まれたよ。今は、そっとしておいた方がいいぜ」
「……そうだな」
 先日の、沙耶子に宛てられたラブレター。
 なんとなく、それに関係していると思った。

 一時限が終わった頃に気付いた。
 沙耶子が学校に来ていない。
 風邪でもひいたのだろうか。
 それなら良いのだけれど。

 三限目の眠くなる様な授業を終えた頃、沙耶子が教室に入って来た。
 沙耶子は、どこか疲れ切った様な表情で机に鞄を置いたと思うと、教室から出て行ってしまった。
 それを追い掛けて、俺も教室から出る。
「沙耶子!」
 呼んでも、沙耶子は振り向かない。
 駆け寄って、彼女の背中を軽く叩いた。
「綾人君……」
 ようやく振り向いてくれた。
 近くで見ると、彼女の目元には隈ができ、とても血色が悪そうだ。
「今日はどうしたんだ? 遅刻して来たと思ったら、いきなり教室を出てくし」
「何でもないよ。ちょっと、授業を受ける気分になれないから、保健室に行ってくるだけ。本当に、何でもないよ」
 か細い声でそう言い、俺の前から立ち去ろうとした。
 俺は立ち去ろうとする、彼女の左手首を咄嗟に掴んだ。
「痛っ……」
 それと同時に、沙耶子は悲痛な声を上げる。
「?」
 何かがおかしい。
 彼女の制服の左袖をまくった。
「……」
 俺は言葉を失った。
 なぜなら、そこには幾つもの傷があるのだ。
 生々しく赤い色をした傷、直り掛けの傷、そんな傷が幾つもある。
 沙耶子は瞳に涙を浮かべ、俺の手を強く払い退け、呼び止める間もなく走って行ってしまった。
「何だったんだよ……あの傷……」
 俺達の関係は、次第に狂いだす。
 いや、もしかしたら、もう既に狂いだしていたのかもしれない。


 二週間程の間、俺は沙耶子に話し掛ける事が出来なかった。
 左手首の傷を見られた時の、彼女の表情。
 あんなつらそうな沙耶子を、俺は初めて見た。
 だから、近付きにくかったのだ。
 美咲はというと、以前よりは活気を取り戻した様だが、やはり元気がない。
 どこで、間違ってしまったのだろう。
 俺達の日常は、どこで狂いだしてしまったのだろうか。

 クラス内で、こんな噂を聞いた。
 沙耶子には自殺願望がある。
 こんな噂、信じたくはなかった。
 それでも、信じずにはいられない様な、とても現実的な訳があるのだ。
 現在、沙耶子と共に暮らしているのは、本当の親ではない。
 沙耶子の両親は既に死んでいて、現在は親戚の叔母と二人暮らしなのだそうだ。
 叔母からは毎日の様に暴力を浴びせられ、その度に自分だけが生き残ってしまったという自責の念に駈られ、左の手首を何回も切っているのだという。
 こんな話は信じたくない。
 それでも、あまりにも事情が現実的過ぎて、信じずにはいられないのだ。

 やがて、沙耶子はクラス内で一人でいる事が多くなった。
 皆、沙耶子が物騒だと言って近付かないのだ。
 俺は何度も彼女に話し掛けようとした。
 しかし、周りの目がどこか怖くて出来なかった。
 自分まで、同じ様な人間だと思われそうで。

作品名:HOPE 第五部 作家名:世捨て作家