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世捨て作家
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novelistID. 34670
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HOPE 第二部

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Episode5 潰えた希望


 沙耶子が病院に運ばれた。
その知らせを聞いたのは、沙耶子を探し回った後に家の留守電を聞いた時の事だった。
幸いにも外傷は掠り傷程度だったそうだ。
 どうして、こうなったのだろう。
 沙耶子には不幸な事など起こさせないと、あの時誓ったのに。
 どうして?
 誰がこんな事を?
 彼女の身に起きた出来事、それは僕の気持ちを不安から、誰かへの憎しみへ変えていた。
 

翌日、沙耶子が目を覚ました。
 大学へ休みの電話を入れて、朝一番で病院へ行った。
 受付を済ませて彼女の病室へ行く。
 前にも同じ様な事があった。
 確か、あの時の沙耶子は記憶を失っていた。
 不安が胸を過ぎる。
 あんな事が二度もあってたまるか。
 きっと大丈夫。
 きっと大丈夫。
 そう自分に言い聞かせて、病室のドアを開けた。
 病室内は、朝方の眩しい光に照らされていた。
 その隅のベットに沙耶子がいる。
「沙耶子……」
 彼女はゆっくりと、こちらへ視線を向ける。
「分かるか? 沙耶子」
 うん、と軽く頷いた。
「分かるよ。隼人君」
 隼人君。
 それは、かつての僕に対しての呼び名だった。
「沙耶子、記憶が戻ったのか?」
 再び軽く頷く。
「沙耶子……」
 そう言って、僕は沙耶子に手を伸ばした。
 沙耶子も僕に手を伸ばす。
 嬉しさを通り越して、感動が僕の体を動かしていた。
 しかし、互いの手が触れ合った瞬間、沙耶子はすばやく手を離し、僕から後ずさる。
「どうしたんだ?」
 声を掛けた瞬間、悲鳴を上げる。
「ぁぁぁああああああ!」
「おい! 沙耶子。どうしたんだ?」
 呼び掛けてみても悲鳴は止まらない。
 沙耶子は暴れる様にして、ベットから落ちた。
 這いつくばりながら部屋の隅へ行き、自らの肩を抱く様にして、ガタガタと震え出す。
「いやっ……こ、殺さないでぇ……ぁあああ!」
「どうしたんだよ!? 僕だよ。隼人だよ。分からないのか?」
「いやあああああああああ!! 殺される! 光圀が! 光圀が来る‼」
 悲鳴を聞き付けたのか、数人の看護師が病室に入って来る。
「これは、どういう事ですか!?」
 看護師等は僕の言葉を無視し、沙耶子を取り押さえる。
「宮久保さん! 落ち着いてください!」
「いやああああああああああああああ!!」
「鎮静剤を打ちます」
 一人がそう言って、注射器を彼女の腕に打ち込む。
 しだいに悲鳴は止み、沙耶子は眠りに着いた。
 看護師が僕に言う。
「しばらく、そっとしておいてあげて下さい」

 
一人の少年が沙耶子と一緒に、昨夜この病院に運ばれたそうだ。
 少年の名は宮村想太。
 最近、沙耶子の話の話題に出て来る、彼女の先輩だ。
 とても面倒見が良く、頼れる先輩だと言っていた。
 彼の病室は、彼女の病室のすぐ隣にあった。
 病室の中で、宮村はただボーっとしている。
 肩には大量の包帯が巻かれていて、とても痛々しい。
「君が宮村君か?」
 はい、と彼は小さい声で呟く。
「僕は平野隼人。沙耶子の兄だ」
 とりあえず、素性は兄という事で話を進めた。
 兄という言葉を聞いて、少しだけ彼の態度が変わる。
 僕はベットの横に置いてある椅子に座り、本題を切り出した。
「話して欲しいんだ。昨夜あった事」
 宮村は躊躇いながらも、小さい声で話し始める。
「昨夜、僕と平野さんは二人で帰ったんです。でも、その帰りに変な男に襲われて」
「変な男?」
「はい。なんか、平野さんの事をよく知っているみたいで……」
 彼女の知り合い。
 そう考えるのが妥当だろう。
「その男は、沙耶子に何か言っていたのか?」
「はい。平野さんの左腕に着けてあるリストバンドを取って、僕に見せたんです」
 声が震え始める。
「そこには……幾つも……刃物で切った様な跡があって……」
 僕の服の袖を掴んで、宮村はすがる様に言う。
「僕、何も出来なかったんです。包丁で肩を刺されて、全く動けなくて……それで……」
 彼の言い分は良く分かった。
 宮村は必死で沙耶子を守ってくれたのだ。
「ありがとう。沙耶子を守ってくれて」
 そう言い残して、病室を後にした。


 待合室の椅子に座って早々、僕は頭を抱えた。
彼の話だけでは、それなりの収穫は得られなかった。
 おそらく、沙耶子は僕と話せる様な状況ではないだろう。
 ただ、沙耶子は聞き覚えのある名前を叫んでいた。
 
 光圀。

 沙耶子はその名を叫び、震えていた。
あの日、沙耶子が屋上から飛び降りた翌日の朝、光圀は僕に彼女の生存を告げた。
 もしかしたら、光圀は沙耶子と何らかの関わりがあったのかもしれない。
 ならば、今の僕に出来る事はただ一つ。
 光圀幸太に会う事だ。

 
 たしか光圀幸太といえば、かつて僕のいた学校の生徒会長だった。
 それなら、まずは学校に行って手掛かりを探るしかないだろう。
 しかし、もし光圀を見つけ出したとして、会ってどうするんだ?
 何を話すんだ?
もし、沙耶子があんな風になってしまった原因が、光圀にあるのなら、僕は彼に何をしでかすか分からない。
それでも、じっとなんてしていられない。
彼女の為に何かをしなければならない、自分自身の感情がそう告げていた。


吹奏楽部の楽器の音や、野球部の掛け声が聞こえて来る。
時間帯は丁度良く放課後だった。
とりあえず、職員用玄関にある受付で客用の名札を貰った。
ここの卒業生という事も幸いして、簡単に通して貰えたようだ。
「さて、とりあえずどこへ行くか……」
 少しだけ内装が変わっているが、教室の位置やどこに何があるかは大
体把握している。
光圀は、かつて生徒会室に所属していた。
「となると、生徒会室か」


 生徒会室は、校舎とは別のプレハブに位置している。
 横開きのドアをノックすると、中から一人の少女が出て来た。
 普段着を着ている所を見ると、生徒会のOBか何かだろうか。
「君は……?」
「それはこっちの台詞。あなたは誰? 私服って所を見ると、生徒って訳ではなさそうだけど」
 その無愛想な発言に、少しだけ空気が重くなる。
「いや、君も私服だろ」
「私は生徒会のOBとして、ここに来たの。来週から文化祭なんでね。あなたは?」
「僕も卒業生。ちょっと、光圀幸太っていう人について知りたい事があって来たんだ。生徒会に行けば何か分かると思ったんだけど……」
「光圀……先輩」
 彼女の表情に影が差す。
「知ってるのか?」
「一応……。あ、立ち話もなんだし、とりあえず中へ」
 室内へ招かれ、二人で向かい会い椅子に座った。
 彼女は重い口をゆっくりと開く。
「光圀先輩は、とても真面目な人だったの。成績だって上位者だったし、私がどんなミスをしても、笑って受け流してくれたわ」
 確かに。
 あの日の朝、沙耶子の生存を逸早く教えてくれた光圀幸太には、とても感謝している。
 僕から見ても、あの人はとても優しくて穏やかそうな人だった。
「でも……」
 彼女の声が段々低くなっていく。
「光圀先輩は、あの日から学校に来なくなった。あの日の事はよく覚えているわ。印象的だったの。前日に学校の屋上で自殺未遂をした子がいたから……」
 心なしか、その話をされると心が痛む。
「沙耶子……」
作品名:HOPE 第二部 作家名:世捨て作家