舞うが如く 第六章 4~6
山形から山越えをした琴が
新徴住宅に兄を訪ねたのは、会津を出てから4日後のことです。
さして驚かぬ兄とは対照的に、妻のおつねが手をとり涙を流して喜びました。
二人の子供も、久し振りに再会した琴の傍らから
片時も離れません。
建てられたばかりの新徴住宅には、飾りなどの類は一切ありません。
板張りの囲炉裏の部屋があり、
残るふた部屋には真新しい畳が敷かれているだけで、
他に家具などは見当たらず、質素ばかりが目立ちました。
10月とはいえ、生まれ育った上州とは異なり、
夜になると、足元からは冷気が忍び寄ってきました。
あれほど騒ぎまわっていた子供たちも今は、疲れ果てておつねの膝で、
寝息をたたて寝入ってしまいました。
「ひとつだけ兄上に、
是非に
お伺いしたいことがありまする。」
かたわらの薪に手を伸ばす良之助に、身を乗り出して琴が尋ねます。
焚火のはぜる音に、もっそりと起き出した二人の子供を連れて
おつねが奥の6畳へと消えました。
「去る秋田の合戦の折りに、
命を救われたという、官軍の兵士と行き会いました。
なにゆえの、お手加減でしょうか、
剣を交えるにあたり
もう、武士道を重んじる時代にあらず、
という意味なのでしょうか。」
「他愛もない事にある。
大義なき無用な戦い故、
それ以上の、命のやりとりをする意味も
ないということに尽きる。」
「大義がないとは?」
「考えてもみよ。
我が東軍はいずれも、
武士や、浪士たちの剣士の部隊ではあるが、
すでに生命をかけて尽くすべき、主君と呼べる存在を持たぬ身でもある。
東北の地を、なりゆきでただ転戦をするだけの泡沫の輩に有る。
いっぽうの薩摩や長州の西軍たちは、
武士とともに、おおくが志願兵や町人、農民等などの一般兵だ。
従来の武士集団を越えた西洋式の、混成部隊ともいえるだろう。
武器も、新式銃や大砲を主にしてのたたかいになってきた。
昔のような、白兵戦での斬り合いなどは、
すでに皆無に近いものともなった。
いくさ事態も、明治の年号と共におおいに様変わりをした。
そんな時代に・・・・
武士を相手にならまだしも、
農民や志願兵を相手に、武士道を貫いてもいた仕方なかろう。」
「しかし、敵にかわりはありませぬ。」
「その通りである。
だが戦いとは、命を粗末にすることにはあらず。
優劣の形勢さえ決まれば、
あとは、流れがすべてを支配する。
それ以上に、追いつめる意味も必要もないであろう。
ましてや・・・・
浪士組の発案者たる清河氏は、すでに幕府によって暗殺をされ、
頼みとした徳川幕府はすでに崩壊し、
奥羽列強も、次々と降伏するという世の流れと相成った。
大局を見よ。
三つ葉葵(徳川の紋)が枯れて、菊(朝廷)が栄える時代に
武士の面子はどこにある?
既に剣士に生きる道などは残っておらぬ。
事ここに居たって、一人や二人を殺生したところで、
世の中の何の役に立とう。
これから必要となるのは、なによりも若者たちの力である。
わしのような、老いぼれた剣士などよりも、
希望に満ちた官軍たちの、若者たちのほうが
これからの日本の役にたつかもしれぬ・・・
ふと、そう考えただけのことである。
それだけのことにすぎん。」
琴が言葉に詰まります。
顔をあげた良之助が、囲炉裏の火へ薪を放り込みながら
琴に向かってさらに言葉をつづけます。
「それよりも、琴。
これから庄内藩が取り組もうとしている開拓事業は
実に、壮大なものがあるぞ。
剣で武人を相手に己を磨くもの良いが、
たまには大自然を相手に、
己を磨いてみるのもまた一興であろう。
どうだ、手伝ってみんか。」
琴の目の前で、焚火の炎が
吹きこんできた夜風に揺られ、
一瞬だけ大きく燃え上がりました。
作品名:舞うが如く 第六章 4~6 作家名:落合順平