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現代異聞・第二夜『長い遺体』

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 本当に──こんな、おぞましい声色を出すことのできる人間などいるのだろうか。
 砂浜にいた村人の内一人が、こちらに気付いたようだった。大きく手を振り、駆け寄ってくる。遠近の狂った風景をじっと見詰めたまま、俺は滴る汗を拭うこともできずに立ち尽くしていた。
「──不公平じゃないですか」
 ──何も知らない人が死ぬなんて、
 ──知っていて助けようとした人が死ぬなんて、
 ──不公平じゃないですか。
 ──あなたにも、失うものがあっていいはずじゃないですか。
 俺は──まだ失ってはいなかったのか。
 あのお堂を覗いたから。
 長い死体を見たから。
 祖母を身代わりにしたから。
 まだ──失っては、いなかったのか。
 ぐらり、と世界が揺れる。船酔いに似た感覚。吐きたいのに吐けない。背中を丸めて嗚咽する。膝から崩れ落ちて蹲り、涙と鼻水、涎と慟哭を垂れ流す。声は相変わらず背中にべったりと貼りついた位置から聞こえてくる──俺はもう全身を丸めて半ば地面に倒れているというのに、何の体重も感じさせずに背中から声だけが聞こえてくる。
 ──怖い、
 ──怖い、
 ──怖くて振り返ることができない。
 どくどくと血管が脈動する。
 心臓が早鐘を打つ。
「──あなたの命を助けるんだから──あなたが代わりに、失うんです」
 ──それで、公平なんです。
 屋敷にあった圧迫感。
 この村全体を包み込む閉塞感。
 ようやく意味がわかった。
 あれは俺の負い目だ。
 何も失っていないままに助かろうとした、哀れで浅ましい俺の負い目だ。
 助かろうとしたのは──間違いではなかった。
 けれど、正しくもなかったのだ。
 禁を犯した俺が満足しようとしたら──誰かを失うことでしか、叶わない願いだったのだ。
「──これで釣り合います」
 ──同じものを失ったから、
 ──これで公平です。
 駆け寄ってきた村人が大声を張り上げている。
 肩を揺すられる。
 名を呼ばれても、返事などできるはずがない。
 だが──何を言いたいのか、何を伝えるためにやって来たのか、俺はもう十分理解していた。
 ──紘ちゃんよ、
 ──仕方ねんだよ、
 ──こんなんなっちまうな、仕方ねぇことなんだよ──。
 もう聞こえないはずの、祖父の声が聞こえる。
 叫びながら、絶望に狂いながら家族を、子孫を、海中に引きずり込んだ死体。
 肉親を引きずり込んだ死体の群。
 長い間禁忌とされてきたもの──長い死体。
 腰にしがみついて、水底に沈んでいった死体。
 祖母は誰を連れ去ったのだろう。
 祖母が泣きながら、許しを乞いながら溺れさせたのは誰なのだろう。
 ──紘ちゃんよ、
 ──おめはいんだよ──。

 潮風に目を見開いて、
 生温い空を見上げて、
 俺は馬鹿みたいに大きく口を開けて、
 鍵子の囁きが──

「──みぃーんな不幸に──なぁーあ、れ」

──俺は、絶叫した。