キスツス・アルビドゥス
ああ、イーノック、あんなに泣いて可哀想に。
今の君に転生前の記憶が無い事くらい初めから解っていたのだけれどね。
私もやはり神の子だったから、少し意地悪をしてしまったけれど許しておくれ。
君に最後、一目でも良いから逢いたかったんだ。
本当は真っ赤な薔薇の花の方が好みなのだけれど、ほら、私はロマンチストだろう。
雰囲気作りにこだわってしまってね。
いけない癖だ。
君も知っての通り。
君に覚えていて欲しい事があるんだ。
私がずっと此処に居て君の隣で誰よりも想っていた事を証明できるものなど、今後有りはしないのだから。
花を贈るよ。
君が好きだと言ったから。
育ててくれるだろうか。
私たちが最後まで育めなかった想いの代わりに。
いつの時代も運命の歯車に邪魔をされて、届ける事が出来なかったものだ。
手を伸ばしたその背中に縋る事も出来ない。
引き留められない苦しみは情愛に溺れ耽った私たちへ神が下した罰だったんだよ。
本当に、彼は意地が悪いと思うけれど、君と出会わせてくれた事に関しては、ちゃんと感謝もしているんだ。
これでもね。
君を置いて逝く事をいつまでも悔む事にするよ。
そのかわりと言っては何だけれど、私が君を想った事を許してほしい。
さよなら、愛しい私のイーノック。
花が、君の笑顔だけで散れますように。
作品名:キスツス・アルビドゥス 作家名:autumn