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金の燕

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「あああっ、お前、様は!」
 ガタゴト揺れる馬車にも慣れた馬車移動二日目、つまり火曜の朝。昨日の昼に故郷のカジナスを抜け、隣の隣の町の馬車の乗り換え場所につき、朝市でサンドウィッチを買い込み乗り換え場所に戻ってきたときのことだ。
 騒がしいなとちらと声のするほうへ目線を向けると、でかい男がオレのことを指差していた。右頬に傷痕。どこか記憶に引っかかる。寝惚けている頭の中を頑張って動かす。検索。検索。照合。合致。この顔は。
「……腕の調子はどうですか?」
「へえっ、それはもう! バッチリ動きますよ!」
 二週間ぐらい前に、カジナスの街中でクラリスに肩を骨折させられたゴロツキだ。
「あと顎の調子も……」
「大丈夫大丈夫、次の日にはケロリです!」
 オレの胸倉を掴んですごみ、結局ローラにアッパーを喰らわされていた。どうしてこんなところで会ってしまうんだろう。あのときの仇、とかいって路地裏に連れて行かれたら今度こそ真剣に危ない。そんなオレの危惧を他所に、男は丁寧語で高い身長を縮込ませてオレにへらりと笑っている。
「西行きってことはもしかしてお兄さんも国境へ?」
「……ああ」
 嫌な予感がした。も、ってなんだ、も、って。
「自分もッスよ奇遇ですね!」
「……本当に」
「お兄さんは推薦組ですか?」
 今度は、は、か。頷くと「あの姐御の推薦とは羨ましい」と豪快に笑った。姐御とはローラのことだろうとはわかった。こいつも金の燕――軍章を見ていたのだろうか。それはいいとして、いつからオレはローラの弟になったというのだろう。
「自分、ナロトンっていいます! 道中よろしくお願いしますね、お兄さん!」
「……お兄さんじゃない、マイクだ」
 ナロトンと名乗った男は「マイクの兄貴」と呟いた。確かにオレはクラリスの双子の兄貴ではあるがローラの弟でもないしナロトンの兄貴でもない。見た目はごつい男に頭を下げられて兄貴とか言われるとホラ、乗り合い馬車を待っている西行きの客が何か怖いもの見るように退いてるし。オレが何をした。最低限の荷物まで持とうとするからやわく断ると、ナロトンはオレの舎弟のように隣に立ち、馬車を待った。妙なことになった。
「ところであの金髪のお美しい姐御はマイクの兄貴のお姉さんなんですか?」
「いや……オレはその姐御の弟の友人ってだけで、単なる知り合いだ」
 言ってから気付いた。まずい、ローラを怖がってる人間にその後ろ盾がないのだと堂々とバラしてどうする。掌返されて胸倉掴まれたらそこでオレ終わりなのに。これから軍に志願する人間とは思えない思考でオレは冷や汗を流す。
「弟さんの友人ってだけで守ってもらえるなんて! やっぱり兄貴も相当なお方なんですね!」
 けれどナロトンはタイミングを逃して食べられずにいるサンドウィッチの紙袋ごとオレの手を握って感動したように頷いた。こいつ、殴られた拍子に自分が目の前の人間を簡単に脅せていたこと忘れたんじゃないだろうか。
「あの、こっちでもいろいろ調べましてね。予想はついてるんですが、その姐御のお名前、伺ってもよろしいですか? ほら、言って間違ってたら失礼ですし」
「……その前に、その話し方やめてもらえると嬉しいんだけど……」
 自分より年上で自分より強いとわかっている人間に敬語で話されるのが気持ち悪くて肩を竦ませると、へえとナロトンは漏らし、じゃあそうさせてもらうぜと続けた。
「ああもちろん、お礼参りするとかそんなんじゃねえから。自分より強い人間の名前を知っておくのは、自衛の基本だろ? で、あの強え美人さんは誰なんだよ?」
「その話、混ぜてもらってもいい?」
 ナロトンに気を取られて気付かなかった。すぐそこに少々長めの髪を一つに括った青年がオレたちに近づいていた。
「突然ごめん。僕はアモリ。君たちと同じく、西の国境兵志願者だよ」
「……どうも、おはようございます」
 ぺしゃんこになったサンドウィッチを抱えながら頭を下げる。ナロトンがずいとアモリという青年の前に立った。
「何だ何だ、馴れ馴れしい」
 それをお前が言うか。口にはせず心内で突っ込む。
「いいじゃない、向かう先は一緒だし、これから味方同士仲良くしようよ。ね、マイク君?」
「は、はあ……」
「マイクの兄貴、こんな胡散臭い奴放っておこうぜ!」
 それもお前が言うか。口にはせず心内で突っ込んで、アモリさんに顔を向ける。
「ところで話って何ですか?」
「うん、聞くつもりはなかったんだけど近いから聞こえちゃって。マイク君ってもしかしてあのシグ隊長の知り合いなの?」
 さわわ、と周りの空気が変わった。ここに留まっているということは周りの人間も国境に行くのだろう。
「……」
 もしかするとオレは、ローラの評価を誤っていたのかもしれない。これ以上変なことになっては面倒だ。言葉を慎重に選びつつ舌に乗せる。
「ええ、ローラ・シグはオレの友人の姉です。でもそれだけで、それ以上でもそれ以下でもない関係ですけど」
 ローラが生きる伝説扱いされているのは学校内だけじゃなかったのだ。外では、または軍内では、ローラは敬られ、そして疎まれている。
「そうなんだ。教えてくれてありがとう」
 アモリさんはにこりと笑い、手を差し出してきた。オレは学友を思い出す。ヘリバー、お前ここに来なくて正解だ。
「じゃあ、これからよろしくね」
 離れる気はないらしい。ナロトンがオレの隣でものすごい勢いでアモリさんを睨んでいる。握手しながら面倒なことになってきたなと溜息を飲み込んだ。

   * * *

 まるででも例えでも何でもなく、戦場前の空気で馬車は水曜の昼、西の国境に着いた。そこでオレたちは燕の彫られた銀色の石に鎖を繋げた腕輪を授与され、敵国が来るまでほぼ半月、訓練生として過ごすことになった。この銀色の腕輪をもらえたということは、ラン兄さんがオレのことを推薦してくれたという証になる。まだ直接会っていない兄さんに礼を言うだけじゃなく会いたくなった。
 ナロトンのように後ろ盾なしに腕っ節のみを信じて志願してきた者は意外に多く、身内に軍人がいる推薦組と半々といったところだった。剣の扱い方から体術、挨拶の仕方から食事の仕方まで、文字通りみっちり叩き込まれた。つい一週間前まで学校の机でのほほんと過ごしていたのが嘘のような日常だった。そりゃそうだ、この国をのっとろうとしている不貞な輩がすぐ隣にいるのだから。教える現役の軍人も教えられる素人も必死だった。筋肉痛で嘆いている場合じゃない。
「ほい」
「……ああ……、ありがとう」
「今日も疲れたね」
作品名:金の燕 作家名:斎賀彬子